彼女の我儘をかなえろ! マスクドライダー・九頭!

あぷちろ

第33話 女の子の特権


  どんがらがっしゃ〜ん!

「アタイ! ゆっくんなんてキライ!」

 前者の擬音は、俺こと九頭勇太郎が彼女の腕力に押し負けて食卓にひっくり返った音であり、後者のセリフは同棲十五年目の恋人である亜樹子がいつものように俺の欠点を批難したときの決まり文句である。

 6畳一間の狭いアパートの一室で亜樹子はキュルンとした瞳にびっくらこくほどの大粒の涙を溜めて、道端に捨てられた子猫のような表情をしている。

 そして続くセリフは、

「ゆっくんのバカアホかいしょうなし!」

 である。何度も繰り返されたことのあるやりとりだ。

 俺は亜樹子に尻を蹴られて玄関から追い出される。

「ひなまつりの何たるか分かるまでゆっくんの話はきかない!」

 弁論などする暇もなく建て付けの悪い鉄扉は閉じられ、あからさまに内鍵がかけられた音が虚しく廊下に響いた。

 周囲が静まるのを見計らったように外廊下の角からにょきりと禿頭が生え出る。

「おっ、勇太郎くん。今回は亜樹子ちゃんに何で怒られたんだい?」

 野次馬根性丸出しで近寄ってきた中年男性はこのアパートの大家である大谷おおやさんである。

 俺は脱力して彼の問いに答える。

「亜樹子から『今日は何の日だと思う?』って聞かれたんだけども、交際記念日も誕生日も月命日もなにも当てはまらなくて正直に『何の日なんだい? マイハニー?』って聞いたらこうなった」

 大谷さんは一部は納得したように頷きながらも同情する視線を俺に向ける。

「あー、うん。我々男性諸氏からすると雛祭りなんてあまり関係ないもんね……勇太郎くん、今回は君は悪くないよ。今日は三月三日、ひなまつりだからね。でも亜樹子ちゃんがこだわる気持ちもわからなくないよ。私も娘の一人からホテルスイーツねだられたからね」

 大谷さんからそんな慰めにもならない、どうでもいい家族情報を垂れ流されたが今回のターゲットのヒントは得られた。

「ありがとな、大谷さん。ちょっと行くところができたから!」

 そういって俺はすたこらさっさとアパートを後にし、職場へ向かった。



 とある雑居ビルの3階、その一室。扉に『閉店』の札がかかっているのを無視して部屋の中へと入る。

 壁一面には洋酒の瓶が並んでおり、ごく一般的なバーであることが読み取れる。席数は少なくカウンターのみで、ニュースラジオが流れている。

 カウンター席の一番奥、行儀悪く靴のままテーブルへ足を乗せ、紫煙をくゆらせる人物がいた。

「黒井さん」

「ゆっくん、今日は災難だったねェ」

 男性とも女性ともとれる声色で、女性とも男性ともとれる容姿の黒井と呼ばれた人物は、アンニュイな表情を崩さないままに勇太郎に応えた。

「いいや、今日”も”と言うべきだったか」

 勇太郎は黒井のすぐ隣の椅子を引き、腰を下ろした。

「亜樹子……重点管理対象はひなまつりに関して言及してました」

 俺はである黒井さんに”今日のお題”について報告する。――もっとも、報告するまでもなく知っているようであったが。

「今回はヒントが多くて楽させてもらえそうだねェ」

「ええ、でも”回答”が多すぎて正直、困ってます。大谷さんがいってたようにケーキを買ってもいいし花をプレゼントしてもいい……。でもそれが答えではない気がするんです」

 黒井さんは悩む素振りをみせて、見せただけで、すぐさま中世的な笑みを深めた。

「ま、ひと当てしてみてあとは流れでどうにかなるんじゃない?」

 店内で流れていたラジオから速報が流れる。

ー速報です。xxx町の鳥山中学校に男雛をかたどった不審者が現れ、校内を破壊している模様です。お近くにお住まいの方は家の鍵を閉め……ー

 黒井さんはくつくつと笑い声を漏らし、俺へ紫煙を吹きかけた。

「タイミングがいいねェ。ほら、いってきな。街の平和を守るマスクドライダーくん」

 俺は辟易した。





 つづく

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