頂点にて、男と女が死合う

まらはる

今日は楽しい

 3月3日はひなまつり。

 ひなまつり?

 それは粗忽者が勝手に聞き間違えて伝えた呼び名。

 正しくは「火難祀りひなまつり」。

 古い言葉で「火の災いを鎮める祀り」のこと。


 この国最大の「死なぬ山」「不死の山」「活火山」──富士山にて、荒れ狂う地脈を封ずる儀式。


 ──国を救う「お火難様おひなさま」を決める儀式。


 火口にて地脈を操る特異な血を引き継いだ一族の男女二人が死合い、勝者は「お火難様おひなさま」と呼ばれる生け贄となる。ちなみに敗者はその血の力を失った「お惰入り様おだいりさま」となって無為な余生を過ごす。

 1000年近く行われてきたこの儀式によって、本来活火山として有り余る霊力を持っているはずの富士山は、ただ雄大な姿を静かに佇ませるだけで済んでいるのである。


 今年もまた、若き男女がぶつかり合う。


「「うぉおおおおおおお!!!」」


 熱と熱が激しくぶつかり、火花どころか火砕流ともいうべき余波が周囲に散らばる。

 山頂にほど近い、周囲に他に生命のない場所ゆえに被害は無いが、それでも地面は痛ましく溶けてえぐれる。


「いい加減倒されやがれ!!」

「そっちこそ!!」


 男は燃える溶岩の大剣を軽々と振り回し、女は炎を凝縮した輝く双剣を目にもとまらぬ速さで繰り出す。

 儀式を執り行う一族は、地脈を操る。

 すなわち、地の底に眠る火山の力を取り出して自在に扱えるのだ。

 手に携えた凶器は、紅蓮と深紅。

 同じ根源としながら、一目でわかる質の違い。

 今日までの研鑽が、今日という日に成果を示す。


「お前を死なせたりなんかするもんか!! こんな儀式、間違ってる!」

「人々の命を守るための儀式だ! それを間違いなんて言わせない!!」


 しかし、今年の思惑は少し違っていた。

 男は、火難祀りを否定した。

 女は、火難祀りを肯定した。

 二人は、幼少からの仲であった。


「人々の命を守るだって!? 誰かが死ぬって決まってるなら、それは守れてないじゃないかッ!!」

「仕方のない犠牲なんだ! お火難様がいなけりゃ、何人死ぬか分からない……もう何度も話しただろッ!?」

「何度聞かされてもわかるもんかッ! 俺にはお前の命も大事なんだよッ!」


 大剣が大きく振るわれる。

 双剣は飛ばされ、その持ち主も同じく吹き飛んだ。


「っく、やる……じゃん! でも、まだまだ……!」

「いや、そこで終わりだ。終わりなんだ……」


 女はなんとか立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。

 男は、それを見下ろしている。

「終わり、だって……? 何をするつもりなんだ……」

 ただならない雰囲気に、何かを察する。

 このまま男が勝ちというなら、お火難様はこの男になる。

 だが、そのつもりもないように見える。

「"お火難様"……誰かが一人犠牲になるなんておかしいんだよ」

 男はぐるりと見渡して、

「俺は、"ここ"だ」

 倒れてまだしばらく動けない女から距離を取った。

「……?」

「少し昔話をしよう。富士山はかつて帝が不死の薬を焼いたことからその名前がついた」

 有名な、竹取の翁の、その結末である。

 空より高い、月の民から託された不死の薬を、帝は火口にて焼いた。

「そんなの、伝説でしょ?」

「いくらかの真実を含んでたら? ……不死の薬は灰になった。だが人を不死にするほどの力が、灰になる程度で完全に失われるか? その灰を吸った人間は、完全でなくても、多少の力を得ることができると思わないか?」

「何が言いたいの?」

「俺たちの力と、この儀式の正体だ」


 試行錯誤の結果生まれた儀式。

 明確な始まりがあったわけではない。

 男女が血の力で死合って、生贄となる。

 そうすれば、火山は収まる。


「火山に放り込まれた人を不死にする力は、半分はその火山に、そしてもう半分のほとんどは空に舞って、しかしそのうち少しは……」

「なっ……!?」


 不死になる薬、とはなんであったのか。

 どのように人を不死にする薬だったのか。

 そして不死になった人間が子を成したら、その子にはどこまで受け継がれるのか。


「俺たち一族は、その時の帝や、側近の血を引いている。そして、ある種同じ力を持ってしまった日本の地脈の中心とも、繋がっていて、共鳴するんだ」


 男は、女に死んでほしくなかった。

 だから、地脈を操る力をただ鍛えるだけでなく、多くを調べた。

 自分たちの由来、儀式の由来、力の由来……。


「一族の中で最も強い二人がぶつかり合って、地脈を発散させた後に、ほんの少しその血を火山に放り込む……そうすれば、しばらく地脈が大人しくなる、そういう理屈だ、おそらくな」

「そんな推論……だからどうした!やらなければいけないことは変わらないだろ!!」

「それが変わるんだよ。俺たちの力は、地に眠る火とつながっている。その流れを意識して制御できれば、一人の命を失う必要はない」

「まさか……」

「おーーい!! 準備できたーー!?」


 割り込んできた声に、男が山のふもとの方を見る。

 女も、それにつられる。

 数百メートルほど下ったところに、一族の友人たちが横一列に等間隔に並んでいる。

「いつの間に……」

「タイミングを見て、来てくれるよう皆に頼んだんだ」

「こっちは指示通り並んでるよーー!!もっと下も、オッケーだって!!」

 手を振る友人が見える。


「一人では無理だ、二人でも難しいだろう。でも、多少力は劣るにしても、血を引いた一族総出で出向いたらどうだ? そしてなおかつ、的確な地脈のツボ……地穴を突く位置に並べばどうだ?」

「ダメだったらどうするの!?」

「ダメで元々。皆、お前のことが好きなんだよ。死んでほしくないってさ。だからそっちに賭けるのもアリだって」

「……バカばっか」


 男は調べた。そして友人たちとともに計画を立てた。

 頑固者な女や、一族の保守派にばれないように進めた。


「でもアイツら俺が負ける、って思ってたみたいなんだよな。それだけはマジで許せねぇけど」

「ふん、まだ続けてたらその通りになってたろうけどね」

「言ってろ……そうやって1回でも尻もちついて隙を晒したんだ、俺の勝ちで良いだろ」

「よくないよ」


 地穴、山に力を注ぐ位置。

 それは山頂近くの二人を最上の頂点として、

 数百メートル下に横並びに三人が、さらに数百メートルに同じく横並びに五人が……といった風に続く。


「とはいえ、こっから本当に難しいんだけどな。何代も継いで薄まったとはいえ、不死の薬を火山の中心に注いで止めてたことを、外から力で抑え込もうとするんだ。腹痛を丸薬じゃなくて、優しく撫でて治そうとするもんだ」

「あら、じゃあ簡単ね。何度それであんたを治したと思ってんの」

「別にそれで治ったことはねーよ。……うれしかったけどな」

「……そう」

「おーーい! いい加減そろそろやるぞー! 決着ついてるんだろーー?」

 再び、下の方から声がかかる。

 のんきな声にも聞こえたが、それが女には頼もしかった。

 死ななくてもいい、と思えたのだから。


 不死の薬を受け継ぎ、地脈とつながった者たちが、規則正しく並び、山へと力を注ぎこむ。

 奥深くへ、奥深くへ。

 その力が、ただ国を守るためだけに使われ、人々に災いを成さないように祈りながら……。




 …………。



「それからどうなったのー?」

「ほら、今もこの国は平和でしょ? 富士山は噴火なんてしないし、それに……」

「それに?」

「ほらあの段々に飾ってる人形のこと、"おひなさま"って一番上のことも言うけど、全部まとめて言うこともあるでしょ? それが答えよ」

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