再びのひな祭り
高麗楼*鶏林書笈
第1話
今年も雛人形を飾り、ちらし寿司も作った。もうじき息子たちも来るだろう。
ひな祭りは毎年、家族揃って食事をするのが恒例だ。ただ、孫たちが成長してからは自分たち夫婦と息子夫婦、数年前、夫が世を去ってからは自分と息子夫婦たちだけになってしまった。家族全員が揃うことは、もはやない、いや四十年前からなくなったのだ。
あの日も今日のように穏やかな天気だった。
「今夜はお雛様のお寿司だね、楽しみ」
こう言いながら朝、娘は家を出た。
当時、娘は合唱部に所属し、放課後は毎日、卒業式で披露する歌の練習をしていた。
夕方になり、そろそろ子供たちが帰って来るだろうと食卓にひな祭りの御馳走を並べた。
まもなく、高校生の長男と小学生の次男が相次いで帰って来た。そして、いつになく夫も早くに帰宅した。
「今日は残業もなく、同僚との付き合いも断ったんだ」
彼は子供たちとのイベントを何よりも大切にしていたのだった。
「あとは希枝ちゃんだけだね」
「もうそろそろ帰って来るんじゃないかな」
だが1時間経っても2時間過ぎても帰って来なかった。
「何かあったのかしら」
さすがに心配になった夫と息子たちは通学路を見に出かけた。私は家に残った。
夫たちは学校周辺や通学路を確認したが娘の姿はなかった。
その夜、私たちは一睡もせず、夜が明けるとともに警察に連絡した。
警察の必死の捜索、娘の友人、学校の関係者等の協力にも関わらず、見つからなかった。
こうして、突然、娘は私たちの前から姿を消してしまったのだった。
その後、私たちは娘の消息を求めて様々なことを行なった。チラシの配布、ポスターの掲示…。身元不明の遺体が見つかると確認に出かけた。だが、一向に消息は分からなかった。
“取り敢えず生きていることは確実だ”私たちはこう確信しながら日々過ごしていた。
確信は正しかった。このことが判明したのは娘がいなくなってから数十年経った頃だ。
この報せは思わぬところからもたらされた。
ある日、朝鮮問題を扱う安木というジャーナリストから電話があり、娘に会ったことがあるという人物がいると知らせてきたのである。
その人物は脱北者で平壌で娘と会ったというのだった。
ジャーナリストの仲介で私たちは脱北者青年李氏と会うことになった。
李青年は、工作員をしていたが韓国で亡命し、現在ソウルで暮らしている。取材に来た安木氏がたまたま持っていた娘の出ているチラシを目にして、“この少女にあったことがある”と言ったそうである。
安木氏の勧めと本人の希望で李青年は我が家を訪ねてきた。
李青年は、平壌の工作員の訓練所で娘と出会ったそうである。娘は訓練生たちに日本語を教えていた。年若い訓練生の間で娘は人気者で、李青年は自分のことを覚えて貰いたくて熱心に勉強したと流暢な日本語で話してくれた。
安木氏を通じて、他にも自分たちと同じように日本には北朝鮮に連れて行かれた家族がいる人々がいることを知った。私たちは、こうした人々と連絡を取り合い、北朝鮮にいる家族の帰国を政府に求める活動を始めた。
容易いことではないことは覚悟していたが、予想通り事態は進まなかった。当初は励まし合っていた仲間たちも次第に気を落とし始めた。
歳月だけは流れ、親世代の人々は次々と世を去っていった。少年だった息子たちも初老になるほどの月日が流れたのだから。
北にいる娘ももうすぐ還暦を迎える頃だ。
還暦は私たちで祝ってあげたい。そして、ひな祭りの御馳走も昔のように家族で食べよう。
その時が来るまで私たちは元気で生きていくつもりだ。
再びのひな祭り 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu
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