少女時代
十六歳の時に、私は孤児院から出た。
放り出されたと言った方が正しいだろう。
「お前のような無駄飯食らいの役立たずをいつまでも飼っていられるほど、お金持ちじゃないんだよ、クソ女」
先生は、奇妙にねじれた唇の間から、シュシュシュシュと細い息を吐き出した。それがこの老婆の笑い声だった。
「お前のようなゴミ虫は、一秒でも早く死んだ方が世のためだ。さっさと野垂れ死ね! バカ女め!」
先生から有り難いお言葉を頂戴して、私は十六年過ごした孤児院を後にした。
先生はさっさと野垂れ死ねと言っていたけれど、そんな言葉に従って死んでやるつもりはさらさらない。
孤児院から出た後、私は街に並ぶ店の扉を片っ端から叩いてまわった。
働く場所と、住む場所を得るために。
ほとんどの店員は、話を聞こうとする素振りすら見せなかった。何とか事情を説明することができても、何も知らない、何もできない十六歳の少女を雇おうとする人は、なかなか現れなかった。
「ねえ、あなた、どうしたの? 大丈夫?」
次の店を目指して、とぼとぼと歩いていた時に、私に声を掛けてくれた人が居た。
アマリアさん。三十歳くらいの、パン屋のおかみさんだ。髪は私と同じようなショートカットだったけど、お腹周りがゆったりとした水色のワンピースを着ていた。
決して太ってはいないのに、彼女のお腹はぽっこりと膨らんでいた。じろじろ見るのは失礼だとわかっていたけれど、私の視線はどうしても彼女のお腹の膨らみに吸い寄せられていた。
「もう九ヶ月なのよ」
「きゅうかげつ?」
「妊娠してるの。もう少しで、男の子が産まれるわ。────それで、どうしたの? さっきからずっとこの辺をふらふらしてるけど」
私は、アマリアさんに事情を説明した。それならうちの店で住み込みで働けば良いと、アマリアさんは言ってくれた。
「今妊娠してるから、ちょうど人手が欲しかったのよね」
私は、働く場所と、住む場所を手に入れた。
アマリアさんは「男の子が産まれるの」と言っていたけれど、産まれてきたのは女の子だった。
アマリアさんにとって、その子は初めての子供だった。
それなのに、母親のアマリアさんも、父親のジョンさんも、まるで喜んでいなかった。
「申し訳ありません」
アマリアさんは、消え入りそうな声で、夫のジョンさんに謝罪した。
「次は失敗しません。ちゃんと男の子を産みます。次こそは、必ず」
アマリアさんは、最初の女の子を産んだ次の年に、また妊娠した。
二人目の子供も女の子だった。アマリアさんは、またジョンさんに男の子を産めなかったことを謝罪した。
そして、その次の年に、アマリアさんは三人目の子供を妊娠した。
次こそは絶対に男の子だと宣言していたが、三人目の子供も女の子だった。
アマリアさんは、三人目の娘を、家に連れて帰らなかった。出産が終わってすぐに、その子を孤児院の前に捨てて来たのだ。
「孤児院に捨てたって、なんでそんなことしたんですか!?」
「だって、子供は三人までだって、
アマリアさんは平然とそう言った。
「二人目までは練習だから、女の子でも許してもらえたわ。でも、三人目は絶対に男の子でなきゃ駄目なの」
言葉を失った私を見て、アマリアさんはふんわりと笑った。
「大丈夫よ。次は失敗しないわ。絶対に男の子を産むから。そのために青トウガラシの汁を毎日飲んでるんだから」
妊婦が青トウガラシの汁を飲めば、男の子が産まれる。
私達の国には、そんなおまじないがあった。
アマリアさんは、その次の年にも妊娠して、四人目の女の子を出産し、その娘を孤児院に捨てた。五人目の女の子も同じように捨てられて、六人目で、ようやく念願の男の子を授かった。
産まれたばかりの小さな男の子を、アマリアさんは宝物のように大切に抱えていた。いつも無愛想で無口なジョンさんが、満面の笑みを浮かべていた。
娘が産まれた時とは大違いだ。
私はそれを、少し離れた場所から眺めていた。
アマリアさんは良い人だと思う。
行き場の無い私に、働く場所と住む場所を与えてくれた。
けれど、アマリアさんは、三人の娘をあっさりと捨てた。
きっと私の実の両親も、同じようにして私を捨てたのだろう。
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