第19話 恋詩
リンフォンは歌いだす。迦陵頻伽もかくやという美しい声だった。うたわれる詩は、ちょうどこんな風な意味だった。
泥中の蓮は願っている
堕ちた龍が、再び雄飛し天を衝くことを
悪しきものたちに怒りの雷を落とし、
誠の姿となりその身を手折ってくれることを
リンフォンは、切実なる目で、衝立の向こうに歌っていた。彼が立ったことで皆、理解した。リンフォンの着ている衣装はオウエンとそろいの紅だが、裾にほどこされた刺繍はかつての白の衣のときと同じ紋様であることを。
リンフォンは歌い終えると目を伏せ、座った。そしてついとオウエンたちから顔をそらした。
場内は、しんと静まり返った。リドの当主が、顔を真っ赤にしているのがわかる。
えらいことになったな。ユーシェンは桃を片手に思った。中々あの「お姫様」は、肝がすわっているようだ。現婚約者であるオウエンの前で、ハオランへの恋詩を歌うのだから。しかしどうする。これは不興を買ったぞ。彼ではなく、こちらが。
困っていると、隣から、音もなく手が伸びた。襟首をつかまれ、衝立のうちに引き込まれる。
「えっ――」
驚きの声は、ふさがれた。
「んんっ……⁉」
ハオランの唇が、ユーシェンのそれを、熱く奪っていた。
――接吻されている。衝立ごしとはいえ、こんな衆目の場で。
「んー!」
思わず、阿呆のふりも忘れ、ユーシェンは肩を押す。しかし、びくともしない。壁を押しているように、手ごたえがなく、もっと深くされる始末だった。
「うう……っ」
入り込んできた舌に、上あごを舐められ、ユーシェンは体を震わせた。わざとなのか、ものすごい音を立てられる。周囲が息をのむ気配が伝わり、羞恥にかっと頭が煮える。暴れると、よりなんだか動作が生しく聞こえるようで、もう最後はされるがままになるほかなかった。これで衝立が倒れれば、目も当てられぬ。
およそ数分もの間、ハオランはそうしていた。ユーシェンにとっては、永遠に感じる時だった。
ようやく唇を離され、ユーシェンは床に手をつき、ぜえぜえと息をついた。接吻の間の、うまい呼吸の仕方などしらぬ。まして、こんな場所でされたときなど――かっと火照った頬を、ハオランが指の背で撫でた。思わずにらみあげると、薄布からのぞくハオランの唇が笑った。口唇に移ったユーシェンの紅が、やけに生々しかった。ぐっと腰を引き寄せられ膝にのせられ、額に口づけられる。やわらかな音が立った。ユーシェンは内心、「うぐ」とうめいた。
場内は、動揺と――謎の高揚に満ちていた。それが尚のこときまりが悪く、ユーシェンは屈辱に身を震わせた。
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