「くるみくんはいま大学生?」


「うん、大学通ってるよ。あおちゃんは?」


「私はフリーター。バイトと家の往復の毎日だよ。」


 まるで、それに不満がないように。いや、不満も不安も無いんだけど、今は。

 ただなんとなく、目の前にいるくるみくんに失望されたくない、なんて、思ってしまった自分がいて。


「じゃあ今も?」


「そう、今も、バイト終わり。くるみくんは?」


 なるべく私の話のターンは短くしたくて、話をそらそうとする。親指の平で中指の爪の表面を撫でる。


「これからレッスン!」


 その言葉を聞いて、私の動きが止まる。


「レッスン?なんの?」


 くるみくんはキョトンとしたあと、何も聞いてない?と目を丸くした。私はコクリと頷き、返事を待つ。



「おれ、今、アイドルやってんの。」


「ッ、ええ!?アイドル!?」




 初めて聞いたこと。くるみくんは口角を上げて、ニコニコ笑っている。私はというと、急な話でいつもの1.2倍の心拍になった自覚があって。


 耳がかあっと熱くなり、急にくるみくんを直視できなくなる。


 アイドル、アイドル。それは私にとって崇拝すべき存在であり、それでいて、もう二度と触れることのないと思っていた存在。


 色々な思いが込み上げてきて、息をするのも苦しくなるくらいに。


「この前会ったときもね、ツアーの前で暫くこっちにいれなくて、荷物だけ置きに来たのよ。」


 ツアーが、できちゃうくらいのアイドルなのか、くるみくんは。私は呼吸を整えようと、大きく息を吸って、それを飲み込んだ。


「び、びっくりしちゃった!すごいね、アイドルなんて。」



 頭をよぎるのは2年前のこと。でも、そんなの、目の前にいるくるみくんには関係ないこと。


 気まずさに目をぎゅっと瞑った瞬間、タイミングよくエントランスに響く着信音。


「わ、ごめん、行かなきゃかも、」


 くるみくんはスマホを出して言う。


 私は目をそらして、バイバイと手を振った。


 静まれ、心臓。



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