29時で店長は帰り、私は30時までの1時間で朝番への引き継ぎ準備。
始発が動き出し、帰途へついた人々が荒らした部屋を片付けていく。
この時間に限らすだけど、ルームの片付けをしに行くときの、ドアを開ける瞬間はいつも緊張する。毎回、信じられない惨事を想像して腹を括っているのが店員あるある、なんて、共感してもらえるかな。
そして30時、6時に来た朝番にバトンタッチし、帰宅する。駅へと向かう人たちに逆らうように、早足で。
マンションに着き、エレベーターで3階のボタンを押す。直貴の貧乏揺すりが頭から離れない。早く帰って寝たい、今日はご飯を食べる気にもならない。
耳元で流れる、ランダム再生のロックが嫌になり、イヤホンを外した。エレベーターは3階に着き、私は右手に向かって歩き出す。
早く帰りたい、寝たい。
「……、あおちゃん?」
その声に、下を向いていた視線が上がった。そこには若い男の人が立っていた。
「くるみくん、?」
こんなところで私のことを「あおちゃん」と呼ぶ人なんて、ひとりしかいない。と、消去法的に口から出た名前、それに反応するように、その人は顔の横で手を振った。
幼馴染の再会あるある、男の子の身長が高くなっててびっくりするとか。色素の薄さ、線の柔らかさは昔のままに、だけどそこには「かっこよくなった」幼馴染が立っていた。
「もう、引っ越し?」
「荷物自体は3日後とかだけど、ごく一部の荷物だけ先に搬送を!」
幼馴染と言っても、前回話した記憶は遠い昔。ぎくしゃくした距離を保ちながら、お互いに無理矢理の言葉を探している。
「こんな朝から、」
「もうこの時間しか来れなくて。」
引越し業者に頼めばいいのにとか、こんなに朝じゃなくていいのにとか、返す言葉は沢山あったはずなのに、私は何も言えず、そっかと小さく頷いた。
どぎまぎする私を見てか、くるみくんは少し気まずそうに襟足をかいたあと、取ってつけたように「元気?」と首を傾げた。
「くるみくんは?」
「おれは、もう、日々元気。元気じゃない日、ないくらい。」
先程までひらひらしていた手が、今度はピースになる。
「またお隣に胡桃沢家が来るって聞いてた?」
眉毛を少し下げながら困り気味に笑うくるみくんをみて、私はコクリと頷く。
「またこれからよろしくね、あおちゃん。」
「うん、よろしく。」
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