第32話 師匠の見立て
自分のまともさに安堵する反面、恐らくこのまま組織にいても師匠のレベルには絶対に辿り着けないだろうことを突き付けられた気分だ。
だからこそ、思う。
この先もずっと、この人の下で学びたかったな。
「佐藤さん、俺は何をしたらいい?」
この人の描くプランをきっちり実行する。
迷惑ばかり掛けている俺が弟子として最後に出来るのは、それだけだ。
耳はもう元の通りに使えなくても、何でもやる。その気概で尋ねた俺に、師匠は言った。
「トビのお嬢さんの奪還および野鳥の会からの解放をお願いします」
奪還と解放。
どこの騎士だって話だな。
「貴方の役目はそれだけです」
「わぁお、いいとこ持って行くんだねー。良かったじゃーん」
ドクターがパチパチと拍手する。
それだけと師匠は言うけれど、たった四文字の中に詰め込まれた作業量は結構なものだ。そもそもフー子がどこにいるのか見当も付かないし、鳥のクソガキだけならまだしも厄介なのはアイツの後見人的存在だ。
凄まじいまでの圧。
思い出すだけで嫌な汗が出て来る。
「怖いですか」
俺の目をじっと見据えて師匠が問う。
余分な感情を省いたようなその声は、耳鳴りを飛び越えて脳に直接信号を送り込んでくるみたいで、俺は自分の耳がおかしくなっているなんてやっぱり嘘なんじゃないかと思った。
「――そうですね。そうかもしれません」
得体の知れない者が放つ、正体の分からない気配が背中を這ったあの瞬間、確かに俺は恐怖を感じていた。あいつらに向き合った時に抱いた考えを、ここで共有する。
「佐藤さんの指摘通り、鳥の王はまだ五、六歳程度の子どもでした。そいつは自分のことを鳥の王であるミソサザイだとはっきり名乗ったんですが、野鳥の会を仕切っているのはそのガキじゃない。王をコントロールしているヤツがいます。俺はそいつに背後に立たれていたにも関わらず、何の音も感じることが出来ませんでした。声も変えていたので性別も年齢も分かりませんが、恐らくそいつが野鳥の会のラスボスです」
幼い王を操り、野鳥の会の実権を握っている人物がいる限り、今の王を排除したところで次のミソサザイが生まれるだけだ。フー子の奪還に成功したとしても、組織が存続していればいつまでも追われることになる。
となるとやはり綿墨さんの言う通り、野鳥の会そのものを壊滅させることでしか、フー子は本当の安心を得ることが出来ないのかもしれない。
「音を感じさせずに近付く……」
俺の話を聞いた師匠はそう呟くとおもむろにノートパソコンを開き、聞き耳屋のサーバーにアクセスし始めた。何かを手早く入力しては出てきた情報をはじいたり、別ウィンドウを開いて更に検索を掛けたりしている。ちゃんと文言を読めているのかと疑いたくなるぐらい、チェックの動作が早い。
モニターを見詰めたまま、師匠は俺に向けて言葉を発する。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花――という慣用句の通り、恐怖の対象が何なのか、それを知ることはとても大切です。そのための手掛かりとなるのが情報であることは、大方の人が知っているところでしょう。とはいえ、情報は繋げてこそ生きるというもの。その価値も格段に跳ね上がります」
目で入って来た情報を処理しながら、それとは別の部分を動かして口で説明するとか、同時に何個のタスクを処理しているんだ、この人は。
「貴方が王と対峙していた場面を、私は直接見ていません。とは言え、先程貴方が話した内容とミミックの状況報告を弊社のデータベースから抜き出した情報と照らし合わせることで、貴方が言うところのラスボスの名前ぐらいは大方、予想がつきました」
「マジすか」
驚きのあまり、師匠相手に思わず砕けた口調になってしまった。
「音もなく近付き、鳥の王を操る知恵者とくれば、恐らくコレでしょう」
タン、と師匠がEnterキーを押す。
表示された写真に写っていたのは、俺でも知っている鳥だった。
睨みつけるような鋭い眼光に、どこまでも飛べそうな大きな翼。肉を引きちぎるための湾曲した
「――フクロウだ」
「ローマ神話に登場する知の女神・ミネルヴァが従えている聖鳥であり、幸福をもたらすと言われているフクロウは、『夜の狩人』などの異名があることでも知られています」
夜の狩人なんて、なんとも野鳥の会らしい異名だ。師匠はフクロウの翼を差し、解説を続ける。
「それというのも、フクロウはその風切り羽の構造から鳥類の中で最も静かに飛ぶと言われており、ターゲットに向かって音もなく近付くことが出来るのですよ」
同じだ。
音を立てずに真後ろに立ったアイツと同じじゃないか。
「ちなみに、貴方の耳に傷を付けた男の名前はスズドリでしょう」
今度は別の写真が表示される。
白い身体に黒い嘴。色の雰囲気がクソガキの背後に立っていたあの男の風貌に似ていた。
「ある科学誌に発表された内容によると、スズドリのオスの鳴き声について観測した結果、最高で百二十五デシベルを記録したそうです。これは近くに雷が落ちた時に匹敵するぐらいの音圧レベルとされています」
音響兵器を武器とするのにふさわしい鳥じゃありませんか――と、師匠は言った。
【参考:CNN(2019.10.23)】
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