第4話
「朝陽ぃ。」
母の碧(みどり)が一面の菜の花に囲まれながら、大きく手を振り優しく微笑んでいる。まぶしいくらいの黄色が、その笑顔を際立たせ輝いていた。
朝陽も出来る限り大きく手を振り返すと、急いで母の元へと足を踏み出したが、背の高さほどの花がまとわりつき、朝陽の行く手を阻んだ。
「お母さん、待ってて。」と心の中で繰り返し、必死にもがき続けて、ようやくあと一歩の所までたどり着いた時、突然辺りが真っ暗になった。
そして少しの沈黙の後、戸惑っている朝陽の目の前に母の姿が浮かび上がった。まだ元気だった頃の碧と朝陽。楽しかった思い出や当たり前の日常が、古い8ミリ映画のように映し出され、朝陽の目から涙がこぼれ落ちた。
やがて、まわりが少しずつ明るくなってきた事に気づいて空を見上げると、そこには数え切れないほどの星が、ぼんやりと光っていた。そしてその光は徐々に明るさを増し続け、中央に再び母が現れた。
朝陽は思いっきり背伸びをして両手を高く掲げると、少しでも碧に近付こうとした。すると、急にふっと体が軽くなった。
「これで、お母さんの傍に行ける。話したい事が沢山ある。高校に入学してからの様々な出来事。クラスの様子や部活の事、進路の悩みや家族の事も・・。それに、お母さんの話も聞いてあげなくっちゃ。」
朝陽が思わず微笑むと、空の上の母も同じように微笑んだ。朝陽は嬉しくなった。母をこんなに近くに感じたのは、久し振りだった。
しかしその後すぐ、碧は手を振りながら遠ざかり始めた。朝陽は焦って必死に追いかけようとした。
『もう、離れたくない。ずっと傍にいたい。』
しかし、気持ちとは裏腹にその姿はどんどん小さくなり、じきに沢山の星と見分けがつかなくなってしまった。
どんなに捜してみても、当たり前のような星空が果てしなく続くばかりか、朝陽自身の体も徐々に下に降り始めている事に気が付いた。ふわり、ふわりと、まるで空気抵抗に弄ばれる羽根の様にゆっくりと、でも確実に落下し続けた。
どれくらいの時間がたったのだろう。気がつくと芝生の上に寝ころび、ぼんやりと星を眺めていた。
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