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人は祈るへの応援コメント
お疲れ様です。
「人は思う」に始まり、「蟻は思う・豚は思う・人は放る・鳥は思う・人は殴る・鼠は思う・人は殴る」の総てを読了させていただきました。「人、蟻、豚、鳥」などと、非常に漠然とした登場人物たちなのに、どうにも自分の胸にひしひしと伝わる重みがあって、それから僅かながらに胸を痛める感覚を覚えました。きっとそれをもが自分だけを可愛がるエゴなのだろうと、団栗珈琲。先生の文章を反芻するうちに気づいて、また一つ、重たいものが伝わった気分です。
私自身は、然るべき「死」は尊いものであると考える人間(少し観念がズレています)なので、命を重いものであると表現することに注力しつつ、大抵の場合は必ず、作品に死を受け入れさせます(創作活動の中に限り!)。悪く言えば粗末になってしまうのですが、それは「命」や「生きる」ということが、世間であまりに簡単に表現されてしまっているからです。しかし、団栗珈琲。先生が表すその大切さは、どこか生々しく、我々人間が「生きる」という行動をするだけで他のどれだけのものたちが犠牲になっているか、日頃は考えないような所まで、隅々まで考えさせられるようであって、とても考えさせられるものがありました。
結局、複雑なこの世にこれ、という答えはないと思うのです。が、きっと先生の表現は間違いないと思います。お世辞の一切を抜いて、教科書に載せられると思います。素晴らしかったです。
長々、与太話を失礼しました。
応援しています。
作者からの返信
ありがとうございます!
そういっていただけるとうれしいです!
生きて生きて生きて。藻掻く。
それでいいと思います。
私だって、他の自分の作品では「死」という概念を軽く扱っています。
勿論、物語はあくまで空想。なので、死を意識するする必要はあるませんが、たまには死について考えられる作品もあっていいのではないのかと思い、執筆しました。
人は祈るへの応援コメント
なるほど、確かに色々と考えさせられる内容でした。こう言う事を誰かが言ってくれない限り誰も気付かない、そう言った力強さを感じました。
作者からの返信
そういっていただけるとうれしいです。
というか、こんな作品を自分で書いた私でさえ、そんなこと考えてなかったですし、今後もそんなことを深く考えないでいいと思います。
というか、考えません。