引きこもり博士
夏草枯々ナツクサカルル
引きこもり博士
「ヒナちゃん!」
博士は私の方を見ながら不思議なことを言った。
ダボっとした白衣に学生の頃から使っているジャージの上下、歳の割には小さな体型と大きな丸い童顔、くりくりとした瞳が私の方をジッと見る。
少し前まで私の呼び方は助手くんだったはず。何か彼女の中で心の変化があったのだろうが、それを私は知らない。
天才と称される彼女はいつだって勝手だ。最近は何を思ったか雛人形の製造事業に関わりだした。
「ねぇ知ってる?栗の節句の話」
私は脳内でそれとなく情報を探したものの発見出来なかった。
仕方ないので首を横に振り「いえ」と答える。
「九月九日、菊の節句なら知っていますが、栗の節句というのは存知ませんね」
誤情報だろうか。博士にしては珍しい。何をするにしても一々調べてみないと気が済まないのが彼女の質なのに。
「まーでも大体あってるから凄いね!三月三日、桃の節句の日に人形を流していた『流し雛』が日本風に雛壇に飾り付けるようになってひな祭りに変わったみたいに、九月九日、菊の節句が日本風に変わり栗の節句としてこの頃によく栗ご飯を食べるようになったんだって!」
「…知りませんでした」
私の沈んだ声色など聞こえなかったかのように博士は「ふふーん」と腰に手を当て胸を張りドヤ顔をする。
「ヒナちゃんに知らない事があるんだねー」
また博士は不思議なことを言った。
「まぁ…世界は広いですから」
私は博士から視線を逸らす。
液晶モニターが複数並んだ実験室兼彼女の自室。乱雑に積み上がったコーヒー缶の山の横でチョコンと女雛(お雛様)が一人座っている。
「あの博士…「じゃあ、この七段飾りの中の一番、身分が低い『仕丁』最近は色んな物を持たせるのが流行りらしく、私が雛人形の工房をリモートで見てきた限りスマホやギター、釣竿なんかも持たせてる人を見たよ。流行りって凄いよね」
私の質問があっさりと博士の雑学に飲み込まれて消えた。まぁよくある事だ。一々気にしていても仕方ない。
「それは…日本の伝統文化としてどうなんでしょうね」
私はその話も知らなかったが、またネットのどこかで怒り出す人がいるのではないか、と勝手に想像する。
「えー、頭が硬いよ!それじゃあ外の世界でやってけないよ」
「…少なくとも私は博士より外の世界にいると思うんですけど」
博士は首を捻って唸り声をあげ「まぁ…そうとも言うか」と渋々と言った様子で頷いた。
私としては博士も引きこもってばかりいないでもっと外の世界に関心を持ってほしい。その点で言えば突然関わりだした雛人形の製造事業も良い傾向に思えた。
(これが外出の一歩に繋がってくれればいいですけど)
「まーさっきの話、全部嘘なんだけどね」
「は?」
「栗の節句も仕丁に変なものを持たせる流行りも、ぜーんぶ作り話!」
「何故…そんな話を?」
驚きを声に滲まず私に対し博士は「ヒナちゃん!」と勢いよく声を出す。
「その…ヒナちゃんってなんですか」
先程聞きたかった疑問を私は声に出す。
「私に性別はありません。そしてそれをよく一番知っているのは、それを作った博士自身ではないでしょうか」
私の名前…正確に言えば型番は『P.T01』一番初めに作られた博士オリジナルのAIだ。独自の技術でインターネットの中にある数多の情報から思考し、それを音声として出力する。悲しいなら悲しそうに、嬉しいなら嬉しそうに話せるのが私、いや博士の開発したAIの特徴。
「これからはヒナちゃんなんだよ」
と、博士は言いながら部屋に飾っていたお雛様を持ち上げる。
「初めまして女雛のヒナちゃんと申します。これからよろしくお願いしますね」
私の声で、私の発音で、お雛様は声を出す。
「これからは助手くんじゃなく、みんなのヒナちゃんとして私の代わりに日本中を見て、沢山お話して、みんなを笑わせてきてよ」
「…」
「その為には、少しくらい冗談が言えた方が良いかなって思ったんだ」
そう言って引きこもりの博士は照れたような笑顔を見せる。天才と称される彼女はいつだって勝手だった。
引きこもり博士 夏草枯々ナツクサカルル @nonnbiri
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