軒先のアンドロイド
紫野一歩
軒先のアンドロイド
隣国と一時休戦になり、傭兵の仕事が休みになった。
久しぶりの休暇に町を散歩していると、通りがかった店の軒先に旧式の女性アンドロイドが座っていた。
古風なメイド服の裾は破れ、左ひざが露わになっている。火事にでも巻き込まれたのだろうか。
随分と顔は精巧に出来ていて、少し釣り目がちの凛とした表情は気高さのようなものを感じた。しかしやはりボロボロで、頬が破れて中の機会がむき出しになっている。
値札を見ると『二千九十二年型 二百三十六万九千円』と書かれている。
百年以上前の型だ。どおりで僕でもすぐに旧式だとわかるわけだ。
アンドロイドとしては格安だが、ポンと買える値段ではない。
そもそも動くのだろうか。
「動くと駆動音がうるさいし声帯か言語中枢機能がイカレてて喋れないよ。だが、コアはしっかりしている。直せば十分使えるよ」
店の中にいた店主が大声で説明してくれた。
「電源入れてみてもいいですか」
「ああ、何でもやってみてくれ。どうせずっと売れ残ってるんだ」
首の後ろのスイッチを押すと、モーターの回る高い音と共にゆっくりと彼女の顔が上がった。目の奥で光調節の絞りがしきりに動いているのが見える。やがて調節が終わり、僕にピントが合ったようだった。
彼女は少し微笑み、ガガガ、と何かが引っ掛かったような音を立てながら口を動かし始めた。確かに喋れないみたいだった。
僕はその姿を見てこのアンドロイドを買う事を決めた。どうしてそう決めたのか、自分でもわからない。声が出なくて可哀想だったからか、笑顔が素敵だったからか。ずっとこんな所に座っていたのに楽しそうに喋っている姿が不憫だったからか。
「分割払いは出来ますか」
「すまんな、うちは一括現金のみだ」
その日から僕の貯金生活が始まった。
といっても、まずは自分が無事に帰って来る事が何より大事だ。隣国との停戦協定は決裂し、以前よりも戦闘は激化した。その中で如何に節約をするかが、僕の命題だった。移動の為の燃料は最小限に抑えて、武器も体もメンテナンスは必要なものだけに抑える。お金をあるだけ使って、自分の生存確率を最大にすることは簡単だ。しかし彼女を手に入れるためには、リスクを取る必要が出てくる。毎月の貯金が増えるだけ、彼女を買う日が近づく。
週に一度は店に向かい、アンドロイドの電源を入れた。
彼女はいつも微笑んでいたが、だんだんとその表情が曇っていくのを感じた。僕の頬に触れ何事かを喋る。わかっていた。僕は切り詰めすぎている。身体にガタが来ているのだ。だけど、そんな事関係無かった。一刻も早く彼女が欲しかったのだ。
終わりが来たのは、僕が目標額の六割程度を達成した時の事だった。
ある日、店に行くといつもの場所にアンドロイドがいなかった。
「売れたよ」
店主がポイ捨てするような口調で言った。
「隣町のお館さんだ。外の納戸を増やすからそこの掃除婦が欲しかったんだと」
僕はその場に崩れ落ちそうだった。
何の為にずっと頑張って来たのだ。何の為に……。
「……一つアンタに提案があるんだが」
頭を抱える僕の耳に、店主の声が入ってくる。
「仕事先、変えてみたらどうだ」
「……どういうことですか?」
「お館さん、自分の屋敷の執事も探しているらしくてな」
店主は名刺を投げ寄越して来る。
住所は近い。通える範囲だ。
執事なら、採用されれば納戸にも会いに行けるだろう。
「条件とか、何か言ってました?」
「最新型の高性能だとさ」
「わかりました」
僕は急いで貯金を全て下ろして、店に戻る。
「このお金で出来る限り僕をメンテナンスしてください。執事用ロボットとして必要な機能も出来る限りつけてくれると有難いです」
店主は現金を仕舞いながら「毎度」と笑った。
軒先のアンドロイド 紫野一歩 @4no1ho
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