異世界転生したら前世の友人が乙女ゲームのヒロインになっていました。

黒い猫

第1章 予期せぬ出会い

第1話


 リンはひどく後悔した。


 それは自分がたった今置かれている状況とそのタイミングの悪さに対してである。


「――思い出すのって絶対こんな絶体絶命のタイミングじゃないだろ」


 自分の運のなさに思わず笑ってしまいそうになるが、ここで笑う訳にもいかない。でも、笑いたくもなってしまう。


 それくらい今の状況は笑って誤魔化したくなる。


 それでも彼の知る「異世界転生」は大体幼少の頃に「頭をぶつける」や「高熱にうなされる」などなど何かしらの衝撃で思い出すのがほとんどのはずだ。


 そう思いつつも彼は自分の置かれている状況を整理……しなくても絶対絶命そのものなのには変わりない。


「……」


 彼の周りには明らかにガラの悪い盗賊……いや、チンピラたちとそんな彼らに連れ去られたであろう怯えた様子の自分も含めた子供たちの姿。


 これが漫画やアニメなどであれば彼らは主人公やメインキャラクターによって簡単に蹴散らされてしまういわゆる「モブ」にもならない存在のはずだが、今の彼にはそんな「モブ」未満の存在であるはずの彼らを蹴散らすだけの力はない。


 何せ、今の彼は何も力を持たないただの子供だ。


 自分の顔は鏡を見ていないから分からない。ただ、自分の手を見る限り年齢は五か六歳くらいだろう。


 こんな子供に出来る事は少ない。外に助けを求める術どころか知り合いなど当然いない。


 そもそも……自分はどうしてこんなところにいるのだろうか。


 どうしてこうなったのか考えてみるものの、ついさっき前世の記憶を思い出したからなのか記憶がどうにも混在している。


「……」


 そして、改めて自分を見てみると……着ている服は汚れていて大きさが合っていないのかぶかぶかで、靴はかろうじて履けている程度。大きさも……合っているとは言い難い。


 これを見ただけで分かるのは自分が「貴族」ではないという事だ。


 あのチンピラたちに服を着替えさせられたという可能性は……と考えたが、即座に「それはないな」とため息をつきながら自分の中で否定をした。


 何せ、髪はボサボサで伸びきっていて髪を切った形跡がない。身分どうこうは自分の憶測で分からないが、普通に考えて貴族ではありえない身なりだろう。


「おいガキども! ここから逃げようとするなよ?」


 そんな事を考えていると、突然チンピラのボスと思しき男性が突然大きな声を出して辺りを見渡した。


 突然の大声に子供たちは顔を真っ青にして悲鳴を上げるでもなく部屋の壁にすがりつく。


「……」


 そんな中。一人だけチンピラの方をジッと見つめている……いや、睨みつけている少女の姿があった。


 古いローブの様な物を羽織っているので服装までは分からないが、その凛とした真っすぐな視線を向ける彼女の姿は……自分とは違うと思わせるには十分な「オーラ」の様なものを感じた。


「……」


 不思議に思いつつ、少年はチンピラの言葉に「逃げるも何も逃げたところでどこに行けばいいのかも分からないけどな」と心の中で自虐してしまう。


 でも、事実なのだから仕方がない。


 彼の友人が前世でよく好んで読んでいた「異世界転生」を題材にした本などの登場人物たちのほとんどは「貴族」だった。


 もし仮にそうだったのであれば、まだどうとでもしようがあっただろう。しかし、どう見ても自分はそんな人間ではない。


「てめぇらが何かしようもんなら――」


 酒が入って興奮しているのか、彼は短刀を取り出して自分たちに向ける。きっとこれは警告のつもりなのだろう。


「分かったな?」


 そう警告し、チンピラたちは扉を閉めた――。

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