君がいた証拠

東雲夕凪

散った華は消えゆくのか

すべてが馬鹿げている。


ヒト・文化・季節...


生きていることも、死ぬことすらも。


すべてが馬鹿げている。


私...


わたし?


あたし...



人は失恋にめっぽう弱いらしく、恋は盲目だと云うのなら失恋は中毒死だと云っても過言ではないのだろうか。


「凪咲...君はもういないの?」


そもそも、媒体越しでしか彼女を知らなかったということすらもどうだってよかった。


※※※

一時期はエンドレスでラジオで流れ続けるほど大人気で、今もなお話題になる事の多い5人組アイドル「紫桜華しおうか」は、私が学校でいじめられていた中で唯一の希望であり活路であった。


親に興味を持たれない、無視や明らかに避けられるクラスメイト。数少ない友人とは別のクラス。学校に行くのも嫌だと思う中で、グレることも道を外れる勇気も意志も無かった。


特別興味がなかったと言ってもいいかもしれない。


そんな中で、大学進学か就職かに向けての進路説明の時間があった。


順番を待っている時に見ていたネットニュースで新アイドルグループのオーディションが開かれると知った。5人で構成予定で、終末や崩壊した世界で咲く花をイメージするという。


「もし、私がアイドルになれば欲しいものが手に入るのかな」


どうせ。なんていうあきらめに近い将来に悲観するならば試す価値はあるはずだし、私はどこまで可愛くなれるのかという興味だってあった。


まるで、彼女のように




・・

・・・

「現実を見なさい。真面目だけが貴方の取り柄でしょう」

進路担当の女教師はそう言ってため息をついた。


「成績は中の上、真面目ではあるけど内気な貴方にアイドルは無理でしょう。大学に行くのが最適解だと思うけど。それに」


それに、両親はなんて思うのかしら。


「私には興味ない」


「品浜さん?何ですか?」

何でも無いですと否定してしまっていた。背後で順番を待つクラスメイトの声が明瞭に聞こえる。私は急に恥ずかしくなっていた。


「考え直します」


そう言って立ち去る私に教師は呆れたようにため息をついた。


私の人生って。


始まってすらいないのに希望も見いだせずにいた。楽しい仕事? 私は何者になりたいの?


そもそも何が楽しくて生きていて


何が辛くて自死する人がいる?


目標を達成して何がある?


自問自答してもなお、私は自分が生きている理由を探すのに、思いつきの偶然とは言え アイドルのオーディションという物が気になっていた。


「ねぇお母さん?私、このオーディションを受けたい」


「そう。好きにしなさい 必要なお金は普段の生活費から出しなさい」


一切顔を見ること無く、経理申請を受ける担当者のごとく応える。


父と妹の為だけに作る晩御飯。


まるで私が存在しないようだと思いながらも私はどこか気にして欲しくて続けて云うのだった。


「いいの?進路を決めずにアイドルのオーディションを受けると言っているんだよ。落ちた時のことを考えずに言ってるんだよ。落ちれば無職...」


だから?


と言わんばかりに持っていた包丁が止まる


「所詮は他人よ。知ったことじゃない 私から生まれただけで、私が面倒をみなくちゃいけないなんておかしい」


いつもの事だ


別に代わりのある有機物。そういう事だ。

興味を持ってはいけない

感じてはいけない


せっかくだし、挑戦してみればいい。


失敗して失うものなんてない。後悔のほうが大きい。


そう言い聞かせて、落ち着かせる。


慣れている。



ふと、テレビがついていたことを思い出して身を向けると美しい女性が映っていた。


同い年か少し年上の彼女は、儚くも冷たく心地よい音色で歌っていた。


終末世界へ迷い込んだたった一人の人間のように、私は不思議と心地よさと寂しさの両方を持っていた。



「父さん?私、今度の休みにアイドルのオーディションを受けに行く。保護者の同意が必要なんだって」


無言で手渡した申請書に署名する。

書いている父を妹が覗き込もうとする。


その様子に母は苦い顔をしている事に妹は気づいて自席の食事へと向かう。沈黙の中で手渡された紙。父は言葉少なく言う。


「もう大人だな」


受け取って私は静かに部屋を出る。

楽しそうな日常が再開されたように賑やかな風景に私は笑っていた。


なんでこうなったのかわからない。


運が悪かったのか?


それからの私はオーディションに向けて独学ではあるが勉強をした。


服、メイク、印象操作、匂い...


他にも体系や健康などの為に筋トレを始めていた。教師からの進路面接にはテキトーに誤魔化しつつ夏休みのオーディションへ向けて走り続けていた。


その折々で見かける媒体越しの彼女の存在は生まれて初めての希望、そのものだった。


・・・

7月30日

アイドルとしての登竜門であるオーディションへと来ていた。都心の音楽レーベルの本社ビルに入ると大勢の女子がいた。書類審査後の2次面接だというのにこの人数だ。ざっと100人はいるだろう


番号札を受け取り胸元につけると面接がある部屋へ向かうように言われる。


ふとエレベーターの中で、来る道中に街で見た彼女を思い出す。


名前も知らない。だけど私が理想とするその存在は事あるごとに目にする。


「品浜凪咲さん 高校3年...よろしくね」

目の前には5人の同い年くらいの女性達と、マネージャーとなる男、メイク担当の女性が座っていた。プロデューサーはリモートで見ているといった。


─あなたがアイドルを目指すきっかけは?


「私が、今の現状を打開する唯一の手段だと思ったからです」


幼い頃からの夢だとか、困難な時に希望を与えてくれたなどという理想から来るきっかけを話すことが多い中で 手段として答えたのは私だけだった。


正直、失敗したと思った。


─そ、そう。現状を打開するというのは 進行形で困難な状況にあるというの?


静かそうな女性が、そう言うと私は頷いて答えた。


「恥ずかしながらそうです。今の私には生きていて楽しい事も、死ぬに足る理由も無く 惰性でいます。それはクラスでいじめられているだとか、両親に関心を持たれないからという言い訳でもありますが それ以前に自分の事を諦めているということでもあります。ですが...未練があるのか、わずかにでも希望があったのか 私は、偶然みた名前も知らないアイドルの存在に興味を持ったのです」


顔を見合わせていた面接担当の彼女らは、言葉を紡ぐようにしていた。


「そのアイドルって、どんな人?」


そう聞かれて私は、特徴を答えた。


─初めて聞いた。私たちでは知らない。でも、私を含めて理想はいるの。だから


だから


「私達の仲間になって欲しい」


放って置くとやばいと思われたのか?それともいったい。


そう思うと私は、選考理由を尋ねていた。


「逆質問は初めて。その理由は、私達のアイドルのコンセプトにあるの」


その後、別室に通されて面接が終わるのを待っていた。


その際にメンバーの一人が私と残り、先程の続きを話し始めた。


「私達のコンセプト。それは終焉の世界で、絶望や希望がない中でも咲く華でありたいという事。他のアイドルとは違って、全員が「痛み」を知っている事が必須なの。家族を失い孤独な者、闘病し生き延びた者、ハンデを持っている者、いじめていたのに裏切られていじめられていた者、そして君」


私は、何の痛みを?そう思っていると彼女は微笑んだ


「分かっていないのね。もしくは避けているのか...どちらにしても あなただって痛みに感覚が麻痺しているのよ。普通の人間は、親に興味を持たれず、誰にも頼れないというのは苦痛なのよ。君のように成長しているのは奇跡よ、昔で言う奴隷に近い状態であるのに」


そうなのか?


差し出された手に私は反射的に握ると彼女は「よろしくね」

と言った。かすかに香るいい匂いに私はうっとりしてしまっていた。


「言い忘れてた!メンバーになったからには、メンバーカラーと香りを決めないとね」


・・・

シャンパンイエローのドレスはそこまで華美では無く無機質でシンプルだった。


それでも、私にとても似合っていた。華美であれば良いのでは無くバランスや質、雰囲気と私の為に手間を掛けられた事が一番のポイントだ。



コンセプトにもあるように、哀しくも冷たすぎない冷涼な曲に合わせて体を動かすとオーダーメイドの金木犀と爽やかな蝋梅の香りが舞う。


モニター越しに見えるその姿はあの日見た 彼女 そっくりだった。


「似合ってるよ」

初めてのアイドルとしての姿にメンバーは微笑んでいた。

その目には、私ではなく彼女がいて 初めてではないその出会いに懐かしさや想いを馳せていた。

・・・

♪冬が過ぎ春が来ると期待していた

♪桜が凍てつき散る中で私は微笑んだ

空虚からで虚しいだけのこの都市で、

♪今日も生きているのかと

♪君は囁いた


ふと思い出す。あの日見た5人組のアイドルにあこがれた私はどこにいるのだろうかと。


確かにあこがれたあの少女はいったい誰なのだろうか、


確かに受けたオーディション。初めて出会うメンバーだというのに私は懐かしさがあった。既視感?


私が創り上げた空想?


いつも現実から目を逸らしていた私が思い描いたエスケーププランなのかもしれないが、具現化した今、ステージから戻った私は鏡を見ていた。


「なんで泣いているの?」


自分に対する質問だ。答えなどない。ただ、彼女は過去の自分と決別するように涙を拭って消えた。


刹那、再び現れた私は、居場所を得た動物のように安堵の表情を浮かべている


「久しぶりね凪咲」


自分を取り戻したように、私は家族よりも大切な存在たちの元へと駆けてゆく。

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