十四

第14話

8時には競技場でウォーミングアップをして体を作った。気持ちのほうは不安のほうが勝っていた。

もちろん緊張もしていたがやはり弱気になっていた。まるで中学の時を思い返されるようなあの時の跳べないような感覚だった。それでも時間は来てしまい高跳びのピッチに立った。

マット観客席側にあり助走をするときにバー越しに観客の姿が見える形となっていた。中学の時に争っていた選手も何人かいた。周りを見渡しながら心は落ち着かなかった。そして足合わせが終わり競技が開始した。

この日は1メートル35センチから始めた。スタート位置に立った時には自分の足が震えていることが分かった。

軽くその場でジャンプしてから緊張を鎮めるように息を吐いた。そして大きく「行きまーす!」と言うと、今まで以上に皆の大きな声が「はーい!」と返ってきた。気持ちがぐっと入った。大きく背中をそらせてから走り出した。

あっ踏切がうまくいかなかったように感じたが何とか飛べた。とりあえず記録は残したことに安心した。皆の拍手が聞こえてきた。それでも緊張は思うように取れないものだった。そしてバーの高さは1メートル40センチへ上がった。

緊張がとれぬままピッチに立った。そしてバーを見た。息を吐いてから「行きまーす!」と大きく声を張り上げた。「はい!」と返ってきて気持ちを入れなおした。背中を大きくそって走り出した。先よりも助走はいいよし行ける。

足が触れたか、マットに着地してバーが落ちていくのを確認した。やってしまった。この高さで落としてしますなんて悪い流れをだった。

中学ではここから崩れることはよくあった。次で必ず跳ばなければ。自分もチームに貢献したい。

でも、、、ベンチに戻ってからタオルをかぶってしばらく下を向いて跳べるようにイメージした。しかし良いイメージをしても何度も何度も不安が押し寄せてそのイメージを壊してしまった。

どうしたらいいのか。どうしてこんなに弱気になってしまうんだ。次落としたら終わりだ、、、目の前が真っ暗になっていく音が聞こえなくなっていく。、、、と、、、さと、、、みさと!はっと顔を上げた。

皆がいる観客席から上野先生が呼んでいた。

「先生、、、。」

先生はフェンスから乗り出すようにして手招きをした。美里タオルを取って先生の元へ走った。

「先生。」と小さな声で言って先生の顔も見上げた。先生は力強く言った。

「大丈夫だ。体は十分に浮いている。絶対跳べる。俺が保証する。だから自信もって跳んでこい。」

「はい!」美里は大きな声でそう答えてピッチに胸を張って戻った。上野先生のその一言で力がわいてきたさっきまで持っていた不安がどこかへ行ってしまった。そうだった。なぜ忘れていたのか、あの掛け声を思い出せ。

私はできる私は力を持っている、その力を使うのだ。よし。そう言い聞かせた。そして自分の番号が呼ばれた。スタート位置について息を吐いた。

上野先生の「美里ーいけるぞー。」という大きな声が響いて力がこみ上げた。よし絶対いける。

「行きまーす。」

「はーい!」その声を聴いた後に走り出した。行ける。きれいな放物線のように背中をそって綺麗にマットへ着地した。跳べた、、、。

「よーーーし、よくやったーー!」上野先生が大きなガッツポーズを作って柵から乗り出すようにして叫んでいた。その姿にこたえるように美里もガッツポーズを見せた。

上野先生のその姿が、自分のことを応援してくれているその姿が嬉しくて、嬉しくてこのまま跳んでいけるような気持ちになった。バーの高さは1メートル45センチへ上がった。さっきと同じように飛べば必ず跳べるはずだ。絶対跳べるそう何度も言い聞かせた。

そして1メートル45センチを1回目でクリアした。また上野先生の大きな声とガッツポーズが見えた。美里もまたガッツポーズと笑顔で答えた。そしてバーの高さは1メートル50センチへと上がった。ここからは九州大会へと進む本当の勝負だ。九州大会へは上位6名が

参加できる。またその6名には点数が与えられその点数がその高校の点数に加算されていき合計点数が高い高校が総合優勝となるのだ。残りは10名だった。1メートル50センチを1回目で跳ぶことができれば九州大会へと進むことができるかもしれない。

美里の順番が来た。そして1回目。とにかく自分を信じて走り出した。

そして、、、完璧に跳ぶことができた。どこも触れることなく、空中で跳べたと確信できた。

上野先生と皆の「やったー!」と言う声が聞こえてきた。こんなに多くの人に応援してもらうのは初めてだった。自分が跳ぶたびに皆が喜んでいるその光景が嬉しかった。そして残り7人を残して1メートル53センチへバーの高さは上がった。

この高さは美里にとってはまだ跳んだことのない高さであった。体がこわばるのが分かった。そんな体を叩いて跳べる、跳べると念じるように言い聞かせた。そして皆の方向を見ると上野先生がまだ身を乗り出すようにして見ている。

先生、、、。祈るようにして手を組んでいる人もいた。できる。そして1メートル53センチへの挑戦が始まった。前の選手がバーを倒していく。その姿を見ないようにして自分のイメージに集中した。よし。

「行きまーす!」

「はーい!」

いいリズムで助走を走ることが出来た。そして体が浮き上がる、、背中、お尻、最後の足、、、マットに体が付いてすぐにバーを見た。落ちていなかった。跳べた、、跳べた。やった。

「きゃーー。」「よっしゃー!」皆の声と上野先生の声が聞こえた。やったこの高さを跳ぶことができた。中学1年の時から更新していなかった記録をやっと塗り替えることができた。他の選手もまさか言わんばかりの顔をしていた。美里がここまで飛ぶとは

誰も予測していなかったのだろう。

このとき九州大会は決まったのではないかと思ってしまった。しかしあと7人残っている。美里は願いように残りの選手の結果を待った。そして、、、残りの6人すべてが1メートル53センチをクリアした。

正直、まさか、、と思ってしまった。しかし相手もそれだけ本気と言うことだ。特に3年生は最後の高総体なのだから。

美里もここまで来ては負けられなかった。そしてバーの高さは1メートル56センチへ上がった。やはり高く見えてしまうものだった。

美里にとっては挑戦したことのない高さだった。1回目高さを意識してしまったのかバーに飛び込んでしまった。全然だめだったがそれでもここまで来て諦めえるわけにはいかなかった

大丈夫。跳べるそう言い聞かせた。美里の次の選手がクリアしていく姿が見えた。私もできるはずだ。

ほら上野先生も、皆も応援している。跳べる。跳べる。

しかし結果はあっけなく、2回目も3回目も全くダメだった。美里のほかにもこの高さを跳ぶことが出来なかった選手がいた。美里は結果を待った。

しかし7位という結果であった。惜しくも九州大会へ行くことが出来なかった。美里はその場に残って他の選手が跳ぶ姿をじっと見ていた。

視線を横へ向けると応援していた仲間たちがその場から去っていく姿が見えた。その後ろ姿に申し訳なかった。あんなに応援してくれたのに。みんな、上野先生。ごめんなさい。

競技終了後に上野先生へ報告に行かなければならなかった。こんな結果を報告することが嫌だった。でもダウンにサブ競技場に向かっていたら上野先生の姿を見つけてしまった。

意を決して上野線の元へ走った。

「上野先生!」すると先生は振り返って優しい顔で笑った。

「先生、結果の報告に来ました。1メートル53センチで7位でした。応援ありがとうございました。」背筋をピンと伸ばし目を見開いて声が震えないように必死に言った。

「惜しかったな、でもベストだったじゃないか。俺は九州大会に行ったと思ったよ。悔しかったな。よく頑張った。お疲れ様。」

「はい!ありがとうございました。」そう言っていつものように両手を地面まで伸ばして挨拶をしてその場を去った。悔しくて、悔しくて、悔しくてどうにかなりそうだったんだ。

この高総体では男子、女子ともに4位で幕を閉じた。

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