気づいてしまいました 後編
私は大学生になるまで、三度、アフロヘアーの男に助けられて、死を回避してきました。ここから、私はアフロヘアーに運命を感じるようになりました。なので、まずは自分の髪型をアフロヘアーにしてみようと思い立ち、早速なけなしの資金を手に、美容室へ向かいました。初めての美容室で、軽い緊張が表情筋に痺れをもたらしているのを感じていました。ただ、髪型を注文すると、あとは美容師の会話に身を委ねるだけで、楽でした。鏡に、夢にまで見たアフロヘアーの自分が映りました。正直、あまり似合っていませんでしたが、これで良かったのです。これで、今までの生活が何か新鮮に感じて幸福度があがったりしないものか、と思いましたが、特にこれといって変化はありませんでした。私はそれにひどく失望して、すぐに髪型を元に戻しました。
次に私は、なんとかしてアフロヘアーの男とコンタクトを取ろうと思い、まずはネットで、アフロヘアーの人を募集して、オフ会を開こうと思いました。この世界にアフロヘアーの男がどれくらいの数いて、私を助けてくれたアフロヘアーの男が誰なのか、それは全く分かりませんが、何かきっかけになればいいなと思ったんです。ネットでアフロヘアーへの想いを綴り、同時に場所と時間を指定しました。場所は近くの川の河川敷、日曜日の昼三時に時間を設定しました。それは一週間後で、もう少し余裕を持って時間を設定すればよかったかなとも思っていましたが、当日になって見てみると、四人のアフロヘアーの男が集まっていて、これはこれでよかったのかなと思いました。まずは、四人と他愛のない話をして交流を深めていくことにしました。アフロヘアーにした経緯、これまでの人生、これからの展望などを語っている間も、向こう側に見える川は堂々と流れていっていました。だんだんと空が赤く染まり出した頃、ようやく私は本題を話し始めました。アフロヘアーの男に助けられてきたこれまでの経験を四人に打ち明けました。最初の反応は動揺だったと思います。私の話し方が気持ち悪かったのかもしれませんが、若干引いている様子でした。とりあえず分かったことが、この四人の中に、目的の、私の人生に常に干渉してきた例のアフロヘアーの男はいなかったということです。少し残念でしたが、このオフ会は、私の人生の中でも上位に入るくらい、安心感のある、素敵な時間でした。もしかしたら、アフロヘアーの男に、無条件に安心感を感じてしまう体質になっていたのかもしれません。辺りが暗くなり出した頃、オフ会はぱったりと終了しました。終わってみると、あっけないものでした。四人はそれぞれ別の方向へ歩き出しました。四人はこれから、特に関わることもなく、それぞれの人生を歩んでいくのでしょう。
驚いたのが、それからさらに一週間がたった頃でした。オフ会をした一人からダイレクト・メッセージが来たんです。その内容は、先日行われたオフ会の四人は、実はアフロヘアーではなく、かつらを被っていただけで、私をからかうためにやってきた、とのことでした。メッセージを送ってくれた一人は、罪悪感で辛くて、メッセージを送るに至ったというわけです。その事実に私は深く失望しました。自分の中で勝手に神聖視していたアフロヘアーを汚されたという不快感が胸の中で渦巻いて、とにかく苦しかったんです。私は全てのやる気を失い、大学にも、バイトにも、顔を出さなくなりました。私はまた、死をより身近に感じるようになりました。とぼとぼと歩いてわざわざ遠くのホームセンターに向かい、硬く結えられた紐を買いました。そして、天井のライトに紐を取り付け、それを首にかけました。極限に音の小さいテレビからは、天気予報で流れる無機質な機械音が響いていました。足場として使っていた椅子を向こうへと蹴り、全体重が首にのしかかりました。とても苦しかったです。もっと楽にできる方法があったんじゃないかと、今更、後悔が押し寄せてきました。すると、その瞬間、テレビのチャンネルが変わりました。真っ白の画面になりました。なんだ、と思いました。次には、まさか、という気持ちに変わりました。この気持ちの移り変わりはとてもシームレスなもので、そして清く滑らかでした。この極限状態で、ここまで自然に気持ちが変わるのかという驚きで、その瞬間だけ苦しさが紛れました。テレビに映る真っ白な画面の遠くから人影が見え始めました。その人影は少し歪で、頭が少し膨らんで見えました。「アフロだ……」私は気づきました。アフロヘアーの男が、画面に迫ってきているのです。次第に輪郭がはっきりと見えるようになり、画面いっぱいにアフロヘアーの男の顔が映ると、男は口を開きました。
「おい、お前! 早まるな! お前の人生はまだまだこれからなんだよ!」
「おい、お前! 早まるな! これからの人生、きっと素敵なことが待っている!」
「おい、お前! 早まるな! きっとなんとかなるからとりあえず落ち着けよ!」
いつの間にかテレビは大音量になっていて、隣の部屋にも聞こえてしまうんじゃないかというほどでした。私はあまりのうるささに耐えられなくなり、首を紐から抜き取り、床に降り立ちました。脳がモヤモヤしており、あまりの気持ち悪さに二、三度嘔吐しました。地面に吐瀉物がビチャっと飛び散って、同時に脳内が泡立つのを感じました。こんなに苦しいのに、生きていることをしっかりと実感すると、テレビにそっと目を向けました。そこには、昼の情報番組がいつも通り流れていました。音はなぜか極限に小さかったです。
私は、翌日から実験を始めました。いろんな死に方をしてみることにしたんです。まずは、市営のプールで、溺れてみることにしました。休日だったので人が、特に子供が多くいて、私にはあまり合わない環境でしたが、とにかく私は思い切り冷たい水に体を沈めて、その後、息を大きく吸いました。穴という穴から水が入ってきて、死を予感した瞬間、体が持ち上がりました。何かに支えられている感触を感じました。振り返ると、アフロヘアーの男が私を抱き抱えていました。「あ、あの……」と私が声をかけようとすると、アフロヘアーの男は無言で私をプールサイドへ連れていって、そのまま走って行こうとしたので、私はだるい体を必死に持ち上げて追いかけました。トイレの中に逃げていったので、私も急いでトイレに入ると、もう姿はなくなっていました。
次に、私はネットで一緒に死んでくれる人の募集に目をつけました。私は、たくさんある募集の中の一つに応募しました。無事連絡を取ることができたので、日程を決めて、最寄りの駅に集まりました。集まったのは私を含めて三人で、どちらも女性でした。車に乗り込み、夜の山奥へ向かいました。寂れた、何に利用されていたのかも判然としない木に囲まれた駐車場に車を停め、後部座席の片方に置いてあった、練炭に、運転手の女性が火をつけました。あとは、時間を待つだけです。三人で、くだらない会話をしながら、車内に一酸化炭素が満ちるのを待っていました。次第に、意識が朧げになってきた時、いきなり車の窓が、とてつもない衝撃を持って破られました。目をやると、そこにはアフロヘアーの男が、薄い笑みを浮かべて立っていました。「え、なに!」「誰ですか!」二人の女性はいきなり窓を破ったアフロヘアーの男に戸惑いを隠せない様子でした。結局、アフロヘアーの男は例に漏れず、素早く私の目の前から立ち去りました。練炭を使った自殺に三人は失敗し、とりあえず駅まで帰ることにしました。三人とも少し浮き足立っており、なんとなく気持ちの悪い浮遊感を確かに感じていました。帰り、割れた窓から冷たい夜風が吹きさす車内で、私はあることを考えていました。それは、私が誰かと同時に死ぬ場合、その誰かも、同時に救われる可能性がある、ということでした。この法則を利用すれば、何か事を起こせるのではないか、と思い立ちました。
家に帰り着くと、ネットでひたすら調べました。「アフロヘアー 都市伝説」だったり、「アフロヘアー 自殺 防がれる」など色々調べましたが、「特定の髪型 不思議」と調べると、興味深いブログを見つけました。その内容は、私の経験してきた出来事と酷似していました。唯一違う点が、私の場合、アフロヘアーであるところが、この筆者の場合だと、モヒカンである、という点でした。さらに、そのブログのコメント欄には、リーゼントに何度も命を救われている、という人も見つけました。私はすぐにその二人にコンタクトを取りました。そのブログの記事が掲載されたのは約二年前、もう連絡が取れなくなっているのではないかと少し心配でしたが、大丈夫でした。二人は今、シェアハウスで暮らしているという事なので、私は翌日にそこに向かうという約束を取り付けました。
翌日、すぐに電車を乗り継ぎ、約束の住所に辿り着きました。少し古臭いアパートで、その二階の端に住んでいるという事でした。チャイムを鳴らすと、二人の男が出てきました。ボサボサの髪で、少し小太りの方が、小林さん、細身の眼鏡をかけた方が、飯田さんという名前でした。二人とも、余裕のある笑顔を私に見せつけながら、私を家の中へ招き入れました。家の中は正直にいうととっ散らかっていて、二人いてなんとかならなかったのか、と思うほどでした。少し落ち着くと、私は今までの経験を、ペットボトルの積み上がったテーブル越しに二人に打ち明けました。二人はしきりに相槌を打ち、小林さんは汗をかいて、飯田さんは眼鏡を曇らせて、私の話を聞いてくれました。私が話し終えると、小林さんは大きく息を吸って、話し始めました。
「つまり、我々は今同じ状況下にあるということだ。私と飯田は、二年前に出会って、今日まで、一緒に暮らしてきた。そして、色々実験を繰り返したんだ。君と同じようにね。そして、この力には二つの法則がある事を知った」
「法則ですか……?」
「そう。法則はそんなに複雑なものなんかじゃない。まあ仮にこの能力をインパクト・ヘアーと呼ぶことにしよう。まず第一に、インパクトヘアーは我々の命を救うことを第一に動き出す。次が大事だ。第二に、インパクトヘアーは、我々の他に我々と同じ理由で亡くなってしまう人間を、仕方なく救う。この二項が基本となる」
確かに、と私は思いました。私の経験上、この法則は確かに当てはまっていました。練炭自殺の時も、私と共に亡くなる人を、仕方なく、救助せざるを得なかったのだ、と思いました。
「小林君が言うように、この力をうまく利用すると、他人を救うことができるんだ。つまり、助けたい人がいた場合、その人と同じ理由で亡くなれば、この法則に則ると救うことができる」と、飯田さんが眼鏡を上下させながら話す。
「病気とかは無理だ。シチュエーションも限られてくるんだね。同時に、同じ場所で、同じ理由で、亡くならなければならない。この力を利用するんだ。つまり、僕たちが目をつけたのは、自然災害だね。もしくは、テロ」
「テロ……」
「そう。こういう大規模で大勢の人が亡くなる場合、インパクト・ヘアーを持つものが共にいることで、命を救うことができる。僕たちは、商売を始めることにしたんだ」
「商売?」
「そう。たとえば、飛行機に乗るんだけど、飛行機がたまたま墜落してしまわないか心配だ、とか、火山の近くに旅行に行くんだけど、たまたま噴火してしまわないか心配だ、とかね。そう言う人をターゲットにする。ネットで連絡をとって、その人とその日は同じく行動する。保険みたいなものだよ」
「保険ですか……」
私は、正直、二人にあまり良い印象は持てませんでした。この力を、商売にする。まあ確かに、言っていることはわからなくもないです。人助け。ただ、金を取ると言うのは、この神秘的な力を持つものに与えられた使命とは言えないんじゃないか、とも思いました。
「私は、そういうのはあまり、したくないです」
「どうして?話は聞くよ」
「金を取るというのが、どうしても引っかかってしまうところがあって」
「じゃあやめよう」
「うん、金を取る、商売に使うのはやめるよ」
二人はあっさりと商売を捨てました。その反応は、私の中でなかなかに衝撃的でした。
「ある程度金が手に入ったら、やめようと思っていたんだよ」と小林さんが言う。
「じゃあ、これからどうする?」飯田さんが眼鏡越しに眼球をかすかに揺り動かす。
「金を取らないで、この活動を続けるか」「うん。そうしよう」「え?」
「君はどうだい、やる気はないかい?三人もいれば精度が上がって助かるんだけれど」
「じ、じゃあ、やります」
どうせ、私にはこの先の人生の目標や見通しと言えるほどのものはなかったので、この二人、小林さんと飯田さんの活動を手伝うことにしました。
「早速、今日から始めよう」
私たちは、多い時に一日で三回、少なくても週に四回は、活動を行いました。あてもなく飛行機に乗ったり、船に乗ったり、洞窟に入ったり、マフィアの巣窟に出かけたり、そんな生活は、次第に、私の気分を落ち着かせていきました。幸せ、とまでは言いませんが、なかなか悪くない、充実した期間でした。一番凄かったのは、東北までついてきて欲しいと言われ、そこで大地震が発生した時です。津波が我々の眼前まで迫ってきたのですが、巨大なアフロヘアーの男、モヒカンの男、リーゼントの男がその大きな背中で壁を作って、私たちを救いました。あくまで、私たちです。他の人々はついでだ、と言うのが、いわゆるインパクト・ヘアーの意志なのでした。
三人での活動は、私たちが歳をとるごとに少なく、密度も薄くなっていきました。何十年も続けた活動でしたが、特段、メディアに取り上げられることもなく、持ち上げられるわけでもなく、淡々と過ぎていったように記憶しています。それは、濃度が飽和した夢のようなものだったのかもしれません。あんなに目撃者がいたのに、新聞にさえ乗らなかった理由も、やはりインパクト・ヘアーの意志なのでしょう。
私は、約一ヶ月ぶりに、小林さんと飯田さんが住んでいるアパートへ向かいました。最初に出会った時のアパートとは異なり、多少マシな生活を思い起こさせる、程よく整ったアパートでした。チャイムを鳴らしました。いつもはすぐに小林さんがドアを開けてくれるはずが、今日は何回チャイムを鳴らしても、誰も出てきませんでした。不思議に思い、ドアノブに手をかけて引くと、すっとドアは開きました。うねうねした、もっさりとした空気が私の前に立ちはだかりました。ゆっくりと中に入りました。カーテンは閉められていました。そして、中には誰もいませんでした。
その後も、何度も訪ねましたが、小林さんと飯田さんはいませんでした。私は、唯一の仲間、大切な人たちを失い、ひどく惨めな気持ちになりました。親もすでに亡くなっており、友達とも縁が切れているため、私は完全に孤独になりました。私は何をする気も起きず、トイレも、食事も、風呂も、歯磨きも、何もせずにひたすら家で天井を見つめていました。空腹の限界が来ても、気にしませんでした。すると、何日か後に、急にチャイムが鳴りました。重い腰をあげてドアを開けると、そこにはアフロヘアーの男が、両手一杯に食料品を抱えて立っていました。そのまま、ドアを閉めようとすると、それを止めて、ずかずかとアフロヘアーの男は家に入ってきました。
「ご飯を食べよう。風呂に入ろう。歯を磨こう。君は生きるべきだ」
「なんなんですか。もう死なせてください」
「大丈夫。君はこれからの人類の未来を担う者なんだ。まずは腹ごしらえだ」
妙に話が合わず、むかっとしました。
「あなたの正体は、なんなんですか」
「ご飯を食べて、前を向いて生きるんだ」
「……わかりました」
私は、その場ではどうすることもできないと悟り、アフロヘアーの男が持ってきたピザパンやら、たこ焼きやらを頬張りました。食べ終わったのを確認すると、満足したように頷いて、アフロの男は出ていきました。私はその無節操な一連の動きに、もう一度腹を立てました。
私はその日の夜、自転車で近くの山に向かいました。随分と標高の低い、パッとしない山ですが、それがどこか私にとって身近さを感じさせるので、とても気に入っていました。私は山の中腹まで登ると、少し開けた場所に穴を掘り始めました。ひたすら掘り進めました。人一人がすっぽりと埋まるような穴です。そしてある程度掘れると、私はその中にすぽりと入りました。そして、持ってきたブルーシートで蓋をして、眠りにつきました。
一日が経ちました。空腹にはもう慣れていたので、そこは心配していませんでしたが、動かなさすぎて、体が痺れて、痛みを伴い始めました。でも、構わず睡眠を続けました。
三日が経ちました。ここら辺が一番辛かったかもしれません。とにかく体を動かしたくてたまらないのです。ついでに、空腹も限界に達して、意識が時々、途切れそうになりました。そろそろ、奴が来る、と予感しました。
四日目の夜、当然のようにブルーシートが捲られ、アフロヘアーの男が現れました。アフロヘアーの男を見た瞬間、一気に体に活力がみなぎり、生を実感しました。こういう能力もあるのかと感心していると、ブルーシートが閉じられました。あとはそれのずっと繰り返しでした。ひたすら眠り、体に限界が来るとブルーシートが捲られ、アフロヘアーの男が私に元気を与える、その繰り返しでした。たまに地震が起きると、目が覚めてしまい、苛立ちました。たまに、一般人がブルーシートを捲ることもありました。警察を呼ばれたりしたら面倒なので、適当に返事をして、帰らせました。
一体、どれほどの年月が経ったでしょう。山の中の、その穴の中で過ごしたしばらくの時間は、私に安らぎを与えてくれたような気がします。そして、断続的に続いていた一般人との邂逅も、途絶えてから、しばらくが経ったと思います。おそらく、私が眠っている間、世界を取り巻く様々は、大きく変化したのだろうと予測していました。私は穴から抜け出し、山を降り始めました。それは突発的なもので、もしかしたら、インパクト・ヘアーの意志だったのかもしれません。体は意外と弾み、すぐに麓まで着きました。そこに広がっていた光景は驚くべきものでした。街は一変しており、まさに昔、漫画やアニメで見た未来世界そのものでした。流線型を特徴としたタワーがたくさん建っており、ドローンが飛び交っていました。高速道路のような道がうねうねとどこまでも続いており、見てるだけで心が少し満たされました。街の中に入ると、すぐに異変に気づきました。それは、人間含め、動物が一匹もいない、と言うことでした。それはすぐに私の心を安定から不安へとシームレスに移行させました。その不気味さに居ても立ってもいられなくなり、私は街の中を走り出しました。街は、ついさっきまで人々が暮らしていたような綺麗さを保っていました。やがて、看板が空を飛び交い、自動音声が見えないスピーカーから響き渡っている大通りに出ました。そして、一つの店に入ってみることにしました。透明感ある店内には、様々なロボットが動かず、展示されていました。レジという概念も、もちろんそこにはありませんでした。私は、可愛い犬のロボットを手に取りました。本物の犬のような手触りで、ボタンを押すことで瞬間的にモチーフとしている犬種が変わっていく仕様でした。レジがないので、そのまま自動ドアを出ると、警報音が鳴り響きました。そして、赤い帽子を被った恰幅のいい人型ロボットが店の奥から機械音を唸らせながら近づいてき、私の手から犬のロボットを奪って、店の奥に去っていきました。悲しかったです。
街を探検していると、あっという間に日が暮れました。元の私の家があった場所を感覚で探しました。おそらくここだろう、という場所は広場になっており、広場の中央に、宇宙船のようなものがありました。大きさは四トントラックほどで、ごつごつとしたボディが光沢を放っていました。ドアの横にあるボタンを押すと、ドアが開きました。中に入ると、意外と広々としており、トイレ、風呂、キッチンなど、生活に必要なものはある程度揃っているようでした。操縦席のようなところにはたくさんのボタンがあり、適当に押すと、機械音が鳴り響き、目の前のモニターがきらきらと輝きました。「どこまで向かいますか?」と、機械音声が聞こえてきました。私は、悩みました。この街には少なくとも誰もいないようでした。誰もいない場所で過ごすのも、悪くないのかもしれませんが、私は孤独に慣れているとはいえ、孤独が好きというわけではないようでした。「どこか、宇宙の果てに連れていってください」と私は言いました。すると、宇宙船は、「かしこまりました」と言い放ち、その巨軀を謎のエネルギーで持ち上げ、あっという間に成層圏を越え、宇宙へ飛び出しました。
宇宙船と会話をしていると、いろいろな事実を知れました。まず、人類はおよそ十年前に地球を脱出し、新天地を求めてそれぞれ航路を定め、旅立っていったということらしいです。街が綺麗に保たれているのは、掃除ロボットのおかげらしく、いつでも何かあった時に戻って来れるように、常に清潔に保っているらしいです。この宇宙船は、民間企業が作って、念の為地球に二十機残しておいたうちの一つらしく、たまたま企業の支部がその街にあった、ということでした。宇宙船は、広々としており、キッチンもある操縦室、眠ることができる船室が一つありました。私はほとんどを船室で過ごしていました。宇宙の漆黒を窓から眺めていると、あっという間に時間が過ぎていきました。でも、ふと、死んでしまいたくなる時もありました。何年も一人で船に乗っていると、どうしようもない虚無感に襲われることで、そういうことになるのです。そうすると、ほとんどの確率でアフロヘアーの男は、廊下から船室へと入ってきます。
「君の人生は、これから。君は目指す宇宙の果てであるものを見ることになる。それが宇宙の真理、そして、君らがいう、インパクト・ヘアーの真理なんだ」
アフロヘアーの男は、地球にいる時より幾らか話が通じるようになりました。もしくは、私がアフロヘアーの男との会話に慣れただけなのかも知れません。ある時、アフロヘアーの男は、興味深い発言をしました。
「君が一時期、生活を共にした、小林くん、飯田くん。あれは、僕が作り出した虚像なんだよ。インパクト・ヘアーなんてのも嘘っぱちだ。それは君をこの、宇宙の果てへの旅へ導くための、すべてはそのための、行動だったんだよ」
私は、その話を聞いた時、泣きたくなりました。結局、私の人生は、この、アフロヘアーの男に翻弄されただけで、自分で起こして成功した行動なんて一つもない、そう思うと、虚しくなるのでした。
それからさらに何百年も経ちました。食料は尽きても、アフロヘアーの男がどこかから持ってくるので、問題はありませんでした。私の人生はどうでしたでしょうか。この文章を誰かが読んでいるということは、もう私は宇宙の果てに辿り着き、宇宙の真理を知っていることでしょう。これが、私が、宇宙の真理がアフロヘアーの中にあると思った経緯です。とりあえず、船はまだエネルギーを使い、進み続けています。私は行けるところまで行ってみようと思います。生きて、死にかけてを、繰り返して。
気づいてしまいました 田谷葉野作 @hayabusahideto
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