ユウキと真琴
「ユウキ君、よくこんな場所に毎日登っていけるなあ……」
青山真琴は息を切らし、黄色いカチューシャを揺らしながら、蛇倉山の頂上に向かって歩いていた。
「……ユウキくんのためなら、まあいいか」
運動部ではない真琴にはそれなりに苦しい運動だが、真琴はどこか嬉しそうだった。
こんなことを一年近く続けているが、別にダイエットなどが目的ではない。
「……いた、ユウキ君」
ようやく頂上に辿り着いた真琴は、お目当ての人物を目にした。
「やあ、真琴ちゃん。学校終わった?」
夕陽を眺めていたユウキが、紫色の癖毛の間から、穏やかな笑顔を向ける。
「学校終わった? じゃないよ、ユウキ君。そろそろお店戻った方がいいよ」
ユウキの呑気な笑顔を見て、真琴は呆れた表情で言う。
ここ一年、ほぼ毎日のように繰り広げられる、ユウキと真琴のやり取りだ。
「早くお店の夜営業の準備しないと、お父さんにまた怒られるよ」
「ごめんごめん、そろそろ戻るよ」
真琴に急かされ、ユウキは苦笑いを浮かべた。
兄を注意するしっかり者の妹のようにも見える光景だが、二人は兄妹ではない。
ユウキは真琴の実家である料理店、青山食堂に居候している身だ。
仕事の合間にユウキは蛇倉山で夕陽を眺め、それを学校帰りの真琴が迎えに来る、というのが二人の日課になっている。
「……はっきりとは覚えていないけど、大切な人たちと、こうやって夕陽を見てた気がするんだ。俺にはその時間が凄く幸せだったんだろう。それをうっすらと覚えてるから、ついつい見入っちゃうんだよね……まあ、もう届かない思い出かもしれないけどね」
「ふうん……もしかして、元カノ?」
「いや、そんなんじゃないと思うよ……」
一瞬だけ憂いを帯びた表情をしたユウキだが、真琴が怪訝な表情をしたのを見て、慌てて苦笑いを浮かべる。
ユウキは過去の記憶を失っているらしい。
一年前に青山食堂の近くで行き倒れになっていたのを、真琴の父の健二が発見し、そこから居候兼アルバイトとして働いている
(ユウキ君が幸せそうなら、まあいいか)
初めて出会った頃の、まともに言葉も喋れず、虚ろで、それでいて何かに怯えているような表情をしていたユウキを知っている真琴は、こうして笑顔になれるものがあるのは良いことだと納得する。
そして、夕陽を眺めているユウキの優しい笑顔は、真琴も好きだった。
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