母、最後のひなまつり
レネ
母、最後のひなまつり
随分と長いこと、仕事をしながら母の面倒を見て、私は疲れ切っていた。
姉と話し合い、多少出費で苦しくなったとしても、母を老人ホームに入れることで合意した。
母にそのことをどう伝えるか、それが一番の問題だった。普通に説明しても納得しないだろうし、かと言って認知症が進んでいるのをいいことに、騙すようなことはしたくなかった。
「母さん、もう、僕は母さんの面倒見るの、限界なんだ。体がもたないんだよ。悪いけど、しばらくの間、施設で生活してくれる気はないかな」
そう話しても、結局母にはうまく伝わらない。最後は、半ば強引に、ホームに入ってもらうしかなかった。
母がホームに入る時のホーム選びから手続き、荷物運びまで、私は結局1人でやった。
8畳ほどの個室に、テレビとテレビ台、小さな机、僅かばかりの着替え、それが母の全てになった。
あれほど衣装持ちで、本だのCDだの、そしてふたつのタンスと大きな洋服ダンスにも囲まれていた母なのに、ここではこれだけだ。
車椅子だから行動範囲も知れているだろうし、何より娘とも、私の妻とも、勿論孫とも、不仲で誰も会いに来ない。人の行く末には、その人の人柄が現れるものなのだろう。
何とも寂しかった。
母の個室に荷物を運んだ日、私は旅行に行った時に母が買って飾っていた、お爺さんとお婆さんが並んで座って談笑している人形を持って来て机の上に置いてやった。何もないのも寂しいと思ったからだ。優しい顔をした、いい人形だった。
母は、ホームの生活に慣れるまで大分かかった。やはり夜は、当たり前のように自分の家に帰ろうとしていたそうだ。認知症の進んだ母は、そこでこれから生活していくのだということが、全く理解できなかったようだ。
私も最初は毎日のように面会に行ったが、段々億劫になり、2日に一度、3日に一度、と、少しずつ足はホームから遠のいた。
ひな祭りが近づいたある日のことだ。ホームの方から聞いた話なのだが、皆さん折り紙でひな人形を作りましょうという作業時間の時、母は自分の部屋には素敵な雛人形があるから作らなくていい、と言ったそうだ。
母はどうやらお爺さんとお婆さんの一対の人形を、雛人形と思っていたらしい。
それならそれでいい。
母もそこまで分からなくなったか。
私はただただ、深いため息をついて、30分の面会時間を過ごし、ホームをあとにした。
歳をとるということは、寂しいことだ。帰りの車を運転しながら、いつもホームに来るとそうなるのだが、とてもつらい、やりきれない気持ちでいっぱいになるのだった。
母、最後のひなまつり レネ @asamurakamei
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