シィウと異界の扉

ちっぽけな栗の木

第1歩 そう、これはきっとバグ

「いや、マジであいつウザ過ぎる。俺悪くなくない?」


「    。」




 今日は、なにやら友の機嫌が悪い。どうやら彼女と喧嘩したようだ。


 あまりに中身のない話の切り出しに、俺——スィウは“珍しく”気まずい沈黙を作ってしまった。恐らくこれが漫画や小説であるのなら空白スペースか「。」でしか表現できないであろう。




「そうだねぇ、そうだねぇ、、、(じゃあ付き合うなよ)。」


 愚痴を聞いてるだけでは、何だか空気が重苦しくなった為、中身のない共感を返すと、友はまるで決壊したダムかのように次々と愚痴を漏らし始めた。


 よくもまぁ、こんなに不満が溜まっているのに別れないものだ。




「まぁ、恋には障害が付き物さロッジよ。今日は久しぶりに男同士、一日楽しく過ごそうじゃないか。」


 彼女ができて少し疎遠になりつつあった友から、久しぶりに誘いを受けた俺はその理由に合点が行きつつ、そう切り出す。




 ロッジは満面の笑みで俺に腕を回す。


「さすがスィウは話が分かる!持つべきものは気のおけない”男ともだち”だぜ!」


「そうだよぉー」




 恐らく数週間後には、また疎遠になるであろう”男ともだち”な訳だが、今日1日くらいは付き合うとしよう。




 ——数時間後


 俺たちは、昔からよく遊んでいた屋内型の複合レジャー施設で、思いきり身体を動かしていた。


 やはり、何も考えずに遊ぶならスポーツに限る。


 定期的に溢れ出すロッジの愚痴には胃もたれしたが、なんだかんだで楽しかった。




「じゃあねー」


「おう!」


 俺は、隣町に住むロッジを電車に残し、駅に降りる。




 さて、マイホームタウンに帰ってきた。


 帰りの電車内で迎えを頼むため母に連絡しておいたのだが、想定よりも数分ではあるが遅く到着してしまった。




「ごめん、少し遅くなった。」


「はぁい。おかえり。」


 少し怒っているのではないかと不安ではあったが、『母』ミレーネは相変わらず俺に甘い。


 この人以上に、成人真近の息子に甘い親がいるだろうか。時折、——不安になる。




「楽しかった?」


「うん、普通。」


 どこか噛み合わない会話を交わしながら、家までの見慣れた景色がただ瞳に流れていた——。




 ——翌日


「期限は来週までだからなー。お前ら忘れるなよ。」


 朝の集会で、担任から一枚のプリントが配られた。『進路希望調査』俺はぼんやりと紙を眺めていると、隣からニヤついた声が聞こえた。




「昨日は楽しかったか?」


「どっかの誰かが、ドタキャンしたせいで俺1人永遠とロッジの愚痴を聞く羽目になったが楽しかったよ。」


「悪かったよ。それよりスィウは進路希望どうするん?やっぱり大学?」


「まぁ、親にも勧められてるからな。『ピーツ』は?」


「俺は実家の定食屋継ぐから専門学校かな。客と話すの好きだしな!」


「……そうか。」




 帰宅後、横になりふと天井を眺める。


「進路”希望”……か。」




 頭の中にはピーツの言った『好き』という言葉が浮かぶ。


 俺は自分で言うのも何だが、良い子であると思うしそう思われているだろう。親とは喧嘩することもあるが、最終的に親の望み通りに進むことがほとんどだったし、これからもそうだろう。




「空っぽだな。」


 考え事をしながら体が勝手に動いていた。気が付けば立ち上がり、俺はクローゼットの前に立っていた。そこから何かに導かれるかのように目の前のクローゼットに手をかける。


 ・・・




「『扉』?」












 俺は扉に手をかける。


 そこからのことは覚えていない。ていうか、目の前に広がってる光景を処理するのに精一杯だ。




「……おいおい、バグだろ、これ。」






 扉の先には、鮮やかな緑と、見たこともない街並みが広がっていた——。

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