遺稿

2025年3月5日 ██博士自宅書斎にて発見


※警告:本資料は極秘扱い。閲覧には特別許可が必要


雛人形研究ノート(最終記録)


 三月三日の現象について、私が辿り着いた結論をここに記す。もはや私に残された時間は少ない。この記録が誰かの目に触れることを願う。


 私は東京都特別調査委員会の指示により、明治時代に製作された雛人形の調査を行っていた。問題の人形は六本木の国立新美術館地下収蔵庫に保管されているものだ。


 これまでの調査で判明したことは以下の通り。


1.明治二十三年、現在の新宿区にあたる地域で七人の少女が失踪した。

2.同時期、著名な人形師・███が雛人形七体を製作。これらの人形は特別に美しいと評判になった。

3.平成七年、同じ地域で再び七人の少女が失踪。彼女たちの家には全て同じ人形店から購入した雛人形があった。

4.その後三十年間、毎年三月三日に少数の女児失踪事件が報告されている。


 私は当初、素人ながらこれは連続誘拐事件の可能性が高いとして調査していた。しかし、人形の内部から発見された赤い糸状の物質を分析したとき、事態は思わぬ方向へ進んだ。


 赤い糸は人髪だった。DNA分析の結果、明治時代に失踪した少女のものと一致する可能性が高い。だが、不可解なのは髪の状態だ。百年以上前のものとは思えないほど新鮮だった。


 さらに調査を進めると、失踪した子どもたちに共通する特徴が見えてきた。彼らは全員、失踪前に「お雛様が話しかけてくる」と証言していた。また、失踪後に残された紙人形の存在も気になる点だった。


 昨夜、███委員長とともに国立新美術館の特別収蔵庫で調査を行った際、私たちは恐るべき事実に直面した。


 雛人形の内部構造を調べるため、X線撮影を実施したところ、人形の中には人間の骨に酷似した構造物が確認された。驚愕した私たちは、委員長の判断で一体を解体することにした。


 そこで見つかったものは――人間の骨だった。しかも、子どものものだ。


 骨の表面には、微細な文様が刻まれていた。古文書を参照すると、それは江戸時代から伝わる「形代かたしろ」の儀式に使われる文様と一致。形代とは、人の身代わりとなる人形のことだ。


 さらに衝撃的だったのは、骨の内部から見つかった紙切れだ。それには、明治時代の少女の筆跡とおぼしき文字で、以下のように記されていた。


『私たちは、ここにいます。百年以上待ちました。もうすぐ、自由になれます』


 この発見から、私は恐ろしい仮説に行き着いた。


 毎年三月三日、午前零時を過ぎてもひな人形を片付けないと、人形と人間が入れ替わる。人間は人形の中に閉じ込められ、人形は人間として生きる。そして百年に一度、儀式が完成すると、大規模な入れ替わりが起こる。


 明治二十三年に失踪した七人の少女たちは、人形の中に閉じ込められた。そして平成七年、百年近くが経過し、新たな七人と入れ替わった。以降も毎年、儀式は続いている。


 今年は明治の事件から百三十五年。儀式は遅れて完成するのだろう。


 私たちがX線撮影を終えた瞬間、収蔵庫の電気が消えた。そして、暗闇の中で人形が動き出した。


 委員長は悲鳴を上げた。彼の手が、磁器のように白く、硬くなっていく。ありえない。ありえないことが起きていた。


 私はなんとか逃げ出したが、もはや手遅れかもしれない。今朝、自宅の鏡を見ると、私の肌も白く変化し始めていた。指先は硬く、関節が動きにくい。


 おそらく、私の中にも「彼ら」が入り込んでいるのだろう。


 最後に警告する。三月三日の夜、必ずひな人形は片付けること。そして、古い人形、特に「████人形店」の系統のものは、決して家に置かないこと。


 私の家族に伝えたい。書斎の雛人形はすべて処分してほしい。そして、明日、新しい人形が届いても、決して家の中に入れないでほしい。


 それは、私ではない。


 時間がない。指が、動かなくなっていく。今、誰かが階段を上がってくる音がする。玄関のドアを開ける音。子どもの足音。しかし、私には子どもがいない。


 彼らが、来た。


 窓の外を見ると、白い着物を着た子どもたちが立っている。百年以上も前に失踪した子どもたち。彼らの顔は、微笑んでいる。口元は動かないのに、声が聞こえる。


『私たちの番です。あなたも、私たちの仲間になるのです』





 ノートはここで、途切れている。


 残された紙の上には、小さな人形の手のひら大の紙人形が置かれていた。赤い紙で作られたそれは、見る者の目を奪うほど精巧な細工が施されていた。



補足資料:


2025年3月6日、██博士の自宅から、新品の雛人形が発見された。家族の証言によれば、この人形は誰も購入したことがなく、突然現れたという。人形の顔は、博士に酷似していた。


同日、新宿区内の七つの家庭から、七人の女児が失踪。いずれの家庭でも、雛人形が消失していた。代わりに、小さな紙人形が残されていた。


これらの紙人形には、微細な文字で同じ言葉が書かれていた。


『また来年』


本資料は機密扱いとする。


東京都特別調査委員会







(了)

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人形化現象調査記録 藍沢 理 @AizawaRe

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