Mission 〜怒りと憎しみの先で〜
蟒蛇シロウ
第1話「帰ってきた少年 ~神に与えられた選択肢と、俺の後悔~」
「なるほど……お前はやはり戻ることにしたのだな……」
それは誰かが発したものではなく、どこからともなく響く声だけだった。しかし、少年にはそれが自らを神だと名乗る者の声だということはわかっていた。
その声との会話は、少年……
「アンタは俺に、別の世界を見せるって言ったな?」
経矢は声に対して、怒りを含んだ語気で言い放つ。
「そうだ、あの世界の
声の問いに対して、経矢はくっと歯を食いしばり、拳を握りしめた。
「あの世界が平和? どこが……どこがだよ! 確かにあの国自体は、平和な方かもしれない。けど、各地で戦争が起きて人が殺され、飢えて死んでいく人がいる!! そのことに無関心な奴ばかりじゃないか!」
経矢は感情が高ぶり、怒りのままに声のする方を睨み付けた。
「俺が助けたかった子どもも、次の日には……」
経矢の喉が詰まる。拳が震えた。
「結局同じだ。俺がいた地獄と……何も変わらない……逃げるべきじゃなかったんだ……最初から……」
「……私はお前に2つの選択肢を与えたはずだ。1つはそのまま死を受け入れること。そしてもう1つが……」
「もう1つの選択肢は、『異世界で新たな人生を歩む』だったよな」
「そうだ。そしてお前は後者を選んだ。だから私はお前のために新たな人生を用意したのだ……。それがまさか、自殺を試みるとはな……」
声の主がそう答えると、経矢は何も言い返さずに拳をさらに固く握りしめる。
「……まぁ、よかろう。ではお前を元いた世界に戻すとしよう。価値観も命の重みも、何もかもが全く異なる世界で17年過ごしたお前が、元の世界で何を成すのか……私はじっくりと観察させてもらおう。さらばだ、我が勇士よ……」
声の主がそう言った直後、経矢の視界は再び光に包まれていった。
「俺が……この世界で何を成すのか、か……」
光の中でそう呟くと、経矢の意識は徐々に遠ざかり、やがて完全に消えていった。
経矢がいなくなった空間に再び声が響く。
「我が勇士よ……。お前は何も変わっていない。私には見える。……復讐だ。復讐に身を委ね、壊れていくお前の姿が見えるぞ……。せいぜい観察を楽しませてもらおう」
経矢が次に目を開けたときそこは真っ暗な夜道だった。目を凝らして辺りを見回すと、果てしない草地が広がっている。
「ここは……どこだ?」
夜道の先にいくつかの灯りが見える。もしかすると小さい町があるのかもしれない。今いる場所がどこなのかを確かめるためにも、経矢はそちらに向かうことにした。
灯りがある方へ歩いていくと、そこはやはり町のようだった。
(建物とか自然の雰囲気の感じは、アムズマ地方の田舎っぽいイメージだな……)
アムズマ地方は、経矢がここに来る前にいた世界でいうところの開拓時代の西部アメリカのような雰囲気の町だ。
経矢は町の入り口に建ててある看板を見て、思わずフッと笑みを零した。
「ワシアミーゴ州コーダ……。予想通りアムズマ地方の西部。また随分と辺境に送ってくれたもんだ」
経矢はそう呟きながら、自分が望んだ世界に戻って来られたことを知れただけでも、声の主に感謝すべきかもしれないと考えるのだった。
(……姉ちゃん、戻って来たよこの世界に……)
「さてと……とりあえず今晩の寝床をどうするかだな……」
経矢はそう呟いて、町の中を歩き回る。町の中は夜も遅いからか、人通りは少なくとても静かだった。
歩いている途中、経矢は一軒の建物に目を向ける。
そこには『宿屋』という看板が掲げられていた。
「宿屋か……でもこっちに来たばかりで一文無しだし……。この小さい町だと冒険者ギルドもないだろうし……。さて、どうしたもんか……」
経矢がそう悩んでいると、後ろの方から声が聞こえてきた。
「んー? そこのお兄さん、何かお困りかな?」
振り返ると、夜の闇にシルエットが浮かび上がる。小柄なその人物が一歩踏み出すと、長い金髪が風に揺れ、赤い帽子がチラリと光を反射した。
服装は黒いシャツに紫のベストを着ていて、下はデニムのショートパンツを穿いている。
「いや、ちょっと今晩どうしようかなと悩んでただけさ」
経矢はそう答えると、少女は経矢の顔を覗き込む。
「なるほどねぇ……。じゃあウチの宿屋に泊まる?」
「え? いや、でも俺お金持ってないからな……」
経矢がそう言うと少女はニッと笑う。
「大丈夫! お代はいらないよ! あたしのパパはこの町唯一の宿屋の店主なんだ!」
少女はそう言って経矢の手を取り、宿屋に向かって走り始める。
「え? あ、ちょっと!?」
経矢は突然の出来事に驚きつつも、少女の後についていった。
「パパ! パ~パ~!!」
少女は宿屋に着くと大声で叫ぶ。するとすぐに店の奥から一人の男性が出て来た。その男性は白髪混じりの黒髪で、黒いシャツに茶色のチョッキを着て、下には白いズボンを穿いていた。
「なんだ? そんな大声出して……。もう夜だぞ?……って、誰だそいつは?」
男性が少女の隣にいる経矢を見てそう尋ねる。
「パパ、この人宿を探してたの! お代無いらしいけど、困ってるみたいだし泊めてあげて!」
少女にそう言われると男性は若干困惑した顔を浮かべるが、経矢の表情を見ると納得がいったような表情を浮かべた。
「まぁ、そうだな……。イリー、ちょっと店の片づけやっといてくれ。お客さんを部屋に案内するから」
男性にそう言われると、イリーと呼ばれた少女は頷き、店の片づけをし始める。
男性は経矢を連れて店の中へと入っていく。
「さてと……じゃあお客さん、こちらへどうぞ」
男性がそう言って経矢を部屋に案内する。部屋に入った経矢は男性から部屋の鍵を受け取る。
「あ……すみません」
「気にするな、これも娘の頼みだ。そういえば自己紹介がまだだったな? 俺はこの町で唯一の宿屋を営んでるスミスってもんだ。お前は?」
スミスと名乗った男性がそう尋ねるので、経矢も自己紹介をする。
「俺は平之経矢といいます」
「キョウヤ……か。変わった名前だな? ま、悪い奴じゃなさそうだな」
そう言ってスミスは、歯を見せてニッと笑う。経矢はスミスの笑顔に、不思議と安心感のようなものを感じた気がした。
だがどうして見ず知らずの、この辺りでは見かけない人種である自分に無賃で宿を貸してくれるのか、経矢はそれが不思議でならなかった。
「あの……どうして見ず知らずの俺に宿を貸してくれるんですか? しかも無賃で……」
そう尋ねるとスミスは、あごに手を当てて答える。
「うん? ああ、別に理由なんてないさ。この辺りはどんどん人が減って来ててな。実はここの宿屋なんてほとんど客が来ねぇんだよ。だからここの稼ぎは当てにせず、普段はイリーと2人で農場で牛や羊を飼ってるんだ。だから別にこのボロ宿をやる義理は俺にはねぇんだが……」
「たま~にこうして、お前さんのようにどうしても困ってる奴が来るわけだ。 だったら助けないわけにはいくまいよ」
スミスはそう言って再びニッと笑った。その裏のなさそうな笑顔は、やはり経矢に安心感を与える。
「あ、あの……ありがとうございます! 泊めてもらうお礼に、何か手伝えることはありませんか? 農場の仕事なら、俺も少しはできると思います」
経矢がそう言って頭を下げると、スミスは首を横に振る。
「いや、だから気にすんなって。……でもまぁ、せっかくだしな。明日、一緒に農場まで来てもらってもいいか?」
スミスのその申し出に、経矢は大きく頷いた。
「はい! よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな。……あ、そうだ。お前さんが泊まる部屋はそこだぜ。風呂は1階だ。札を"使用中"にしとけば誰も入らないから、自由に使ってくれ」
スミスはそう言うと、1階へと降りていく。
すると階段からひょっこりと先ほどの少女が顔を出し
「夕飯できたけど、食べる?」
と、笑顔で問いかけてくる。
「い、いいんですか? じゃあお言葉に甘えて、いただきます」
経矢がそう言うと、少女はうなずいた。
1階に降りるとそこには、スミスと少女の2人がテーブルの前に座っていた。テーブルの上にはシチューやパンなどが置かれている。
「さ、食べて食べて!」
2人に促されて、経矢も席に着く。
「いただきます」
経矢は手を合わせてから、スプーンを手に取りシチューを一口食べる。
「……! お、美味しい!」
経矢は思わず声を上げる。それを聞いて、スミスも笑顔を見せる。
「おう! イリーの料理は絶品だからな!」
「もう……パパったら大げさだよ……」
2人のやり取りを見て、経矢は自然と笑みがこぼれた。
(どこの世界でも仲のいい家族ってのはいいもんだな……)
そしてそのまま食事を続け、あっという間に食べ終えてしまった。
「ごちそうさまでした! お金も無い俺に部屋を貸してくれたうえに、夕食まで……。本当にありがとうございます!」
経矢がそう言って頭を下げると、スミスは首を横に振る。
「だから気にすんなって。俺たちがお前さんにできることと言ったらそれくらいだしな。……それじゃあ明日農場でな」
食事を終えた経矢は、少女の皿洗いを手伝っていた。
「悪いね、お客さんに手伝わせちゃって」
少女は皿を洗いながら、経矢にそう言う。
「いやタダで泊めてもらってる身ですし、これくらいはしとかないと」
経矢も皿を洗いつつ答えると、少女は嬉しそうに微笑んだ。
「そっか、ありがと! あ……そういえば名前まだ聞いてなかったよね? あたしはイリーナ・ライト。年齢もあなたの方が少し年上みたいだし、そんなにかしこまらなくてOKだよ!」
矢継ぎ早に明るく話す彼女を見て、元気な子だなと経矢は微笑ましく思った。
「俺は平之経矢。17歳だ。今日は助けてくれてありがとう、イリーナ。おかげで助かったよ」
経矢が自己紹介をすると、イリーナもニコッと微笑んで口を開く。
「そっか! キョウヤっていうんだ。……変わった名前だね! でも呼びやすくていいかも!」
「この辺りだと聞かない名前だと思う。ところでイリーナの家族は2人だけなのか? あ、別に答えたくなかったらいいんだけど……」
経矢がそう言うとイリーナは少し寂しげな表情を浮かべる。
「うん、今はあたしとパパの2人だけだよ。5年前にママが死んじゃってね……」
「そうか……。ごめん」
経矢が謝るとイリーナは首を横に振る。
「ううん、気にしないで! ママはあたしの記憶の中で生きてるし、パパがいるから寂しくないから!」
そう言って笑うイリーナを見て、経矢も自然と笑顔になる。
そして皿洗いを終えた2人は、それぞれの部屋へと向かったのだった。
「ふぅ……戻ってきてすぐに荒野で目覚めて、どうなることかと思ったけど。親切な人たちがいて助かったな……」
そう呟いて、経矢はベッドに横たわる。
経矢は眠る前、天井を見つめながらつぶやいた。
「……ここで、今度こそ、俺は――俺の
その言葉の続きを、彼は誰にも聞かせることなく、静かに目を閉じた。
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