エクリシア世界編:第8話 リッケヒャー
レルワさんの言葉は私にとっても予想外だったけど、それ以上にミィナさんの方が衝撃を受けている様だった。確かに敵のリーダーがかつてこの世界を生きていた人物なら、その人物はこの世界になにかしらの恨みがあるとしか思えない。
ミィナさんは小さく肩を震わせているが、この反応は過去に似たような経験があるのかもしれない。
「この世界は何かがおかしいと思ってたわ。あれだけ感じてた転生者の匂いは無いし、魂の流れはおかしい。というより滞留しているようにも見える。仮説が正しいなら……この世界は何らかの手段で宇宙の輪廻から外れているって事になる」
レルワさんも自分で言っていながら信じられないといった口調だ。でも、魂の流れを管理する死神の言葉だからこそ、そうではないかと思えてしまう。
「……アイク、この世界の情報もう一度調べて。これまで観測できた時の資料全部見て、見落としが無いか探って」
私もすぐには信じられないが、一応アイクに調べてもらおう。私は指示を出してから、まだ立ちすくむミィナさんの肩を優しく掴んで落ち着かせる。やがて方の震えが止まって、ミィナさんも私の方を見てくれた。
「ミィナさん、過去に前世の記憶を持った人とか居ませんでしたか?」
私は落ち着いてきたミィナさんに尋ねてみる。前世の記憶を持った人間が居たとしたら、レルワさんの言う魂の滞留にも説得力が出る。それは魂が宇宙を流れず、この世界だけで輪廻が完結しているという事だから。
「いえ、私の記憶ではそんな人は……転生じゃない人だったら、ひとり居ましたけど……」
ミィナさんは何かを思い出そうと頭を小刻みに揺らしている。しかし転生じゃない人とはどういう事だろうか。
「転生じゃない人?」
「はい。何年か前に、偉大な世紀の生き残りだという人を見たことがあります。その人はずっと機械で眠っていて記憶も殆どない状態でした。なのでチノンさんの言う転生者とは違いますね」
ミィナさんの説明は説得力がある。機械で眠っていたという事は、コールドスリープの可能性が高い。それなら転生者ではないのも納得できるし、記憶が無いのは機械トラブルか超長期間睡眠での記憶障害だと考えれば合点がいく。
「なるほど……そうなると新しい仮説ができるわ。リッケヒャーもその転生じゃない人である可能性……それなら、先史遺産とやらの使い方も知っているでしょうね」
私の新しい仮説はここまでの行動を否定しかねないものだ。アイクも端末を手にしたまま私の方を動揺した目で見ている。
これが正しいなら、私たちは転生者とさえ呼べない存在を相手にしている。
過去を知り、この世界を呪い、未来を知って動く者。そんな奴に太刀打ちできるのだろうか。
「可能性は十分にあります。しかしその場合はこの世界の常識を逆手に取るような戦術を取る事は困難だと推測します。仮に未来が予測できても、その対策が取れるだけで戦闘中の戦術の変化には対応できない筈です」
「それなら、リッケヒャーが過去の人間だとして、それを補佐するような人物がいるかもしれない。そいつが転生者という可能性もあるわよ」
ウラヌスとレルワさんの冷静な分析はこの状況だとありがたい。まだ転生者が居る可能性はなくなったわけではない。それならば、私たちは引き続きミィナさんたちと行動するのがベストだ。
「アイク、この世界の情報で見落としは無い?」
「はい……というより、この世界の観測情報レポートが4件しか出てこないんです。しかもこれ、20年ごとにしか更新されていません」
アイクの情報を聞いて、私はこの世界に感じていた違和感も実感を伴ってきた。20年ごとにしか観測できない世界なんて聞いたことが無い。おそらくこの世界は何らかの手段で他の世界からの干渉を遮断しているのだろう。分かりやすく言えば結界が張ってあるというべきか。
「思った以上に複雑な事態ね。更に仮説の信憑性を確かめた方が良いかも」
私はそう言いながら、意識を取り戻した捕虜の方に視線を向けた。
●
「ちょっと大変だったけど、それらしい情報は出てきたわ」
しばらく待っていると、尋問室代わりのトラックの荷台からレミュラさんが降りてきた。結構静かたっだから、手荒な真似で無理やり吐かせたわけではなさそうだ。
「リッケヒャーには副官が居るそうよ。そいつは2年前に突然やって来て、リッケヒャーに戦術の助言をしていると言ってたわ」
レミュラさんは要点だけを的確に伝えてくれる。本当に効率的な人だなぁとつい感心してしまうほどだ。
「ということは、その副官が転生者であるという事かしらね」
「情報では配想先の転生者は転生して2年と153日経過しています。時期的にも一致します」
ウラヌスの裏付けで私も確証が持てるようになった。やはり、このアペリエンスは転生者と繋がっている。そいつは世界の混乱に積極的に加担していて、世界の根幹に影響を与えている可能性が高い。ここまで来ると、流石の私でも依頼の見直しを考えてしまう。
「ウラヌス。私とあんたが残って、アイクとレルワさんを帰して所長の判断を待つ……っていうのはどう?」
「その案は現状では最良の選択肢のひとつです。マスターからその案が出るとは思いませんでした」
こういう時は素直に褒めるってことができないのかこいつは。ともあれ、アイクには悪いが研修はここまでだ。これ以上は危険が大きい。
「チノ先輩、それですが……異界連絡路とのリンクが途切れています」
アイクは恐る恐るといった感じで報告してきた。私も慌てて端末を見るが、異界連絡路とのリンクが途切れている警告アイコンが表示されている。
「どうして……!?」
「さっきの仮説が正しいってことよ。この世界は外からの干渉を妨害する何かを展開しているわ。それが正確には何なのかは分からないけどね」
レルワさんも初めての事態なのか、顔に焦りが出ている。確かにこんな世界がいくつもあったら困りものだ。ともかく、これは今まででも最悪の状況だ。
「こうなったら手段はひとつね。リッケヒャーが過去の人物と期待して、そいつから干渉を避ける方法を聞きだす」
私の新しい行動方針は希望的観測が大きい。しかしそれ以上に良い案も浮かばなかった。
「本来であれば不確定要素しかないこの計画には反対します。しかしこれほどの想定外が発生しているとなれば、不確定要素も考慮に入れて行動するのは妥当だと判断します」
ウラヌスが一番嫌うやり方だから反対されたときの言い訳を考えていたが、意外にも理解してくれて私は内心でほっとする。
「今の状態では帰れない……となったらもう行くしかないですよね」
「宇宙の中で孤立した世界……その原理を知らないとどうにもできないわね。それにとっても面白そうだわ」
アイクとレルワさんも覚悟を決めたようだ。まあ、レルワさんはいつも通りって感じだけど。とにかく私たちの行動は決まった。後はミィナさんたちだけど、今は集まって何やら議論をしている。終わるのを待った方が良いだろう。
「ミィナさんたちの話が終わるまで、私たちは休みましょう。また襲撃でもあったら休まらないしね」
私は率先して手頃な岩に腰掛けて、鞄からレーションバーを取り出して齧りつく。慣れ切ってしまった食感の所為で、もはや味も感じない。昨日の料理が恋しくなってきた。そんな私の様子を見て、アイクもやっと座って休憩に入ってくれた。レルワさんは流石に昼寝はしなかったが、大きめの岩に背を預けてリラックスしている。ウラヌスは私の様子を眺めているだけで何も言ってこない。今はその方が気楽だからそれで良かった。
やがて負傷者を載せたトラックと、それを護衛するために無事だった装甲車が来た道を引き返していった。
●
引き返していくトラックを眺めていると、レミュラさんとミィナさんがやって来た。
「当初の計画は頓挫したわ。私たちは捕虜の情報から得た敵の小さな拠点を目指す。この尾根の先にあるそうよ」
レミュラさんたちも今後の行動を考えていたらしい。ここでじっとしているよりは、拠点を制圧して情報を集める方が得策なのは分かる。
「分かりました。私たちも付いて行きます」
「いや、ヴォークランの支援分隊と一緒に後方に待機して欲しい。あなたたちの銃は目立ちすぎる。余計な注目を集めて逆に危険に晒されるかもしれない」
レミュラさんの提案は合理的だった。確かに私たちのレーザー兵器はこの世界では目立ちすぎる。さっきの戦闘でも狙われたくらいだ。民間人を守るという意味では、その判断は正しい。
「そうですね。ならこっちの銃は使わずに、私とウラヌスは付いて行きます。アイクとレルワさんは後方で待ってもらう形で大丈夫です」
私は愛用の銃を使わない条件でウラヌスと2人だけで同行することを主張する。アイクとレルワさんはさっきの提案で待っていてもらえば良い。
「しかし……」
「行かせてください。リッケヒャーが転生者じゃないにしても、敵の正体は知っておく必要があります。そうしないと、私たちは帰れない可能性だってありますから」
私は今度ははっきりと意思表示をする。レミュラさんもすぐに決断できず、渋い表情でどうすべきか考えていた。
「レミュー、連れていきましょう。チノンさんの力が必要になるかもしれないし」
「ミィナ? あなたがそんな事を言うなんて意外ね」
以外にもミィナさんが助け舟を出してくれた。きっと彼女は反対すると思っていたけど、その眼には何かを決意するような輝きが見えている。
「……理由を聞いても良い?」
「チノンさんはこの世界の外から来た人。そして私たちの追うリッケヒャーは遥か昔の時代を生きた人かもしれず、その副官は転生者の可能性がある……もう私たちの手に負えるような相手じゃない。だから、私たちも外の力を頼るべきだと思う」
ミィナさんの主張を聞いて、レミュラさんはますます苦い顔をしている。きっと彼女の主張が正しい事を理解しているけど、民間人を巻き込むことへの葛藤がせめぎ合っているんだろう。
少しの沈黙の後、レミュラさんは大きく息を吸って気持ちを落ち着けた。
「はぁ……ミィナの言い分も分かるわ。本当ならこんな事、軍人がする事じゃないけど……協力してもらえるかしら?」
「もちろんです。私たちはいつでも大丈夫ですから、出発する時に声を掛けてください」
私がすぐに了承すると、レミュラさんとミィナさんは私に敬礼した。
「……協力に感謝するわ。私たちは全力であなたたちを守ると約束する。だから、その知識で私たちを助けて欲しい」
レミュラさんの頼みに、私は口ではなく敬礼でそれに答える事にした。
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