想いを届ける旅路 ~ 第3177世界『エクリシア世界編』

エクリシア世界編:第1話 不穏な配想研修

「よし、今回の仕事は3177世界への配想だ。品物は動画メッセージ。今から端末に送るから後で確認してくれ」


 所長は甘い香りを漂わせるコーヒーを片手に仕事の説明を始めている。それを聞いて私とアイクは同時に端末を手に取って確認した。


「現地の文明スケールは『タイプ2シータ』だ。10年程前から観測不能になって情報が更新されてないから詳細は不明。アイク、"シータ"の意味は分かるか?」


 コーヒーを飲みながら説明を続ける所長が、唐突にアイクに質問する。きっと知識確認だろう。これが読めないと配想員は出来ないレベルの基礎知識だし。


「"シータ"は非人類種族と指定された存在が居ることを示し、現地でのコミュニケーションを慎重に行う必要があるときに付与される……ですよね?」

 

 アイクは最後の方は私に目配せしながら答えている。合っているんだからもう少し自信を持って欲しい。


「正解だ。じゃあチノン、"シータ"に分類される敵対的存在に遭遇したときの対応は?」


 所長が何故か私に振ってきた。私を見る目が明らかに楽しんでいる。わざと振ってきたな。そういう事なら、所長の思うようにはさせない。


「まずは配想ロボットを介した現地言語での説得を試みて交戦を避けるのがセオリーです。しかし敵対的な場合は応じる可能性が低いので、基本は力で解決します。力の誇示は最良の説得になり得ます」


 私はセオリー通りに答えると見せかけて持論を混ぜてやる。と言ってもこれは長く配想員をやって得た経験論なので間違ってはいない。

 私の答えを聞いて所長は口に入れたコーヒーを吹き出しかけた。アイクも隣で私に野蛮だと言いたげな視線を送っている。間違っていないから私は気にしない。


「ああ、お前に振った俺が間違ってた。アイク、今のは典型的な最低評価の回答だ。無視しとけ」


 所長は意図が外れたからか無愛想な顔になった。いつも負かされる訳じゃないことを示せたので私はわざとらしく鼻を鳴らしてやる。


「とにかく、3177世界の情報が少なすぎて何が起きるか分からん。気をつけて行ってこい。チノン、今回がアイクの初めての同行だ。しっかり面倒見ろよ」


 気を取り直した所長が私に念を押してくる。今回の仕事から、私の同行者にアイクが含まれる。しかし最初の仕事先としては難易度が高くないだろうか。


「所長、アイクの同行を考慮するならもっと難易度の低い仕事が良いんじゃないですか?」

「これは優先度の高い仕事だ。依頼人は既に亡くなっている。だから早急に片付けないといかんのだ」


 所長が真剣な目で理由を教えてくれる。それを聞いた私も納得できる理由だ。


「チノ先輩、早く片付けるって……?」

「依頼人が亡くなったら、残されるのは預けられた想いだけ。時間が経てば転生者はその相手を忘れていくかもしれない。だから急ぐ必要がある」


 よく分かっていないアイクに私は簡潔に説明する。想いだって、鮮度みたいなものはある。転生者が相手を忘れてしまったら、その想いは届かなくなる。だから急ぐのだ。


「よし、仕事に入ってくれ。チノン、改めて言うが


 所長は私にいくつもの意味を込めた言葉を投げる。私もそれに応える形で「分かりました」と短くもハッキリとした返事を返した。


  ●


 支所の地下で私とアイクが準備をしているのに合わせて、ウラヌスが異界連絡路のゲートを設定している。


「現地の情報が極端に少ないから、可能な限りの装備を持って行くよ。アイク、射撃の成績は?」


 私は用意されている銃のパワーパックを全部身に付ける。特に軍用のパワーパックは貴重だ。今回は私もレーザーライフルを持って行くべきだろう。


「下から数えた方が早いです。でも、こっちならまだ使えるかと」


 アイクはそう言って腰の剣を抜いてみせる。352世界で私と戦った時の剣だ。勇者時代は魔法を付与して魔剣に出来たらしいが、今はただの剣となっている。


「まあエネルギーの要らない武器も大事よね。そうだウラヌス、あれ持ってく?」

「マスターの意図する物品の候補が多すぎます。もっと具体性のある質問を要求します」


 私は何気なく聞いたつもりだったが、時々ウラヌスは機械らしい融通の利かなさを発揮してくる。


「あれよ。試作品の充電型パワーパック」

「あれは拳銃用のパックしか残っていません。それに充電用の小型発電機が壊れています。どうやって充電を確保するのですか?」


 私がちゃんと説明すると、ウラヌスも意図を察して答えてくれる。使い切りのパックだけよりはマシかと思ったが、充電器が壊れているのは想定外だ。


「うーん……まあ現地の発電機とか借りれば良いでしょ。積んどいて」

「マスターのその場しのぎな行動を考えると妥当と判断します。78%の確立で役に立つでしょうが、私はこれを使う状況にならないことを願います」

「あんた……いつからそんなに嫌みったらしくなったのよ?」


 私は現地調達を前提として持って行くと決める。ウラヌスは表情はないがそれを聞いて呆れているような動作で新しい荷物を探しに行く。その間に準備を終えていたのかアイクは端末の情報を不安そうな顔でじっと見つめていた。


「チノ先輩、現地世界の情報が更新されないのってどうしてですか?」


 アイクは現地世界の情報を見直していたらしい。確かに、初めて行く世界の情報が無いのは不安になるだろう。


「異世界連携機関は観測できる世界には次元に干渉できる自律観測機を飛ばすの。そこから世界を観測してデータを纏めるんだけど、観測機からの通信が途絶えると更新されなくなる。原因は機体の故障から世界側からの干渉まで色々考えられるわ。それでも……ずっと観測できないのは珍しいけどね」


 私が世界情報が更新されない理由を教えると、アイクはますます不安な表情になっていく。私は不安に押しつぶされそうなアイクをどう励まそうかと考えるが、その空気をぶち壊すような暢気な声が響いた。


「お待たせ~。今回は情報の少ない未知の世界ですって? そういうのって何が起きるか分からないから楽しそうね」


 全く空気を読まないレルワさんは本当に暢気な事を言いながら部屋へ入ってきた。この人は仕事前の準備をいつも自分の部屋でやってるけど、本当に準備をしているのか怪しくなってしまう。アイクにもこんなメンタルがあれば不安にならないだろうなと思ってしまうが、こんな後輩だったらなんとなく嫌だなとも思ってしまう。


「ちょっとアイク。そんなシケた顔してどうしたのよ? もしかして怖いの?」

「うっさい! 初めての実地研修だから少し考え込んでるだけだ。そもそも知らない世界に行くことはそんなに不安じゃない。俺だって転生者だし……」


 レルワさんはアイクの顔を見てからかってくるが、偶然にもアイクが不安に感じているこが聞けて助かった。そうか、アイクも転生者だから他の世界へ行く抵抗感は無いのを忘れていた。初めての研修が上手くいくのかが不安の種だと分かると、私も励まし方が分かってくる。


「アイク、初めてだから緊張するのは分かるけど……あんたは近くで仕事を見ていればそれで良い。最初から上手くできたりしないから、まずは気楽にどんな風に仕事するのか見てるだけでいいんだよ。私だって、最初の仕事は大失敗だったしね」

「チノ先輩も、失敗したんですね……」


 恥ずかしいが私も失敗したことを伝えたことで、アイクは少しだけ表情が和らいだ。でも、その失敗で今の義肢を使っていることは黙っておいた。そこまで言ったら、逆に不安が増すだろう。そうならないように守るのも、私の仕事だ。


「分かりました……深く考えないように頑張ります」


 アイクの言葉は良い返事だけど、もう真面目な面が出てしまっている。真面目なのは物事に真剣に取り組めるという事だからとても良いけど、加減するってことが苦手でもある。私は現地でアイクが真面目になりすぎないように見ておいた方が良さそうだと判断して、装備の最終確認を行う。


「よし……準備良いわね。ウラヌス、アイク、そっちは?」

「問題ありません。可能な限りの事態を想定して装備を積みました」

「大丈夫です。3度も確認しました!」


 それぞれの報告を聞いて私は大丈夫だと確信する。


「私には聞かないの? 私は仲間外れなのね……しくしく」

「レルワさんはどう見てもトランク以外はいつもと変わらないじゃないですか……」


 レルワさんが私が確認してこないのをわざとらしく嘆いてくる。実際、魂収監用の大容量トランク以外に持ち物が見当たらないから、何を確認すれば良いのか分からない。


「そんなこと無いわよ? これでも状況を想定して魂にコーティグしてるの。魔法世界なら対魔法障壁、汚染環境なら反ミーム障壁って感じにね。今回は未知の世界だからね。相互干渉しないものをとりあえず重ね掛けしてきたわ」

「そんなの見た目で分かりませんし、そんなテキトーで良いんですか……」

「効果があれば手段なんてどうでもいいでしょ?」


 一応レルワさんもそれなりに準備しているのは分かったけど、魂は見れないんだから確認なんてできない。そしてこのいい加減さは私でも呆れてしまう。私は盛大にため息をついてから、ウラヌスにゲートの起動を指示する。


「ま、急ぎの仕事だし、研修だの不確定要素だのもあるけど、私たちのやることはひとつだけ――想いを届ける。ただそれだけよ」


 私は自分も含めた全員に言い聞かせる様に言うと、先頭に立って異界連絡路のゲートに向かう。


「さ、想いを届けに行こうか」


 いつもの出発時の台詞を言いながら、私は3177世界へと足を踏み入れていった。

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