第5話 転生の形、異世界の形

『銀河時間11時43分 場所、第877世界 チノン・ボーデンプラウトが記す。

 この世界は心地よい空気に溢れている。一言で言えば牧歌的だ。技術の発展も緩やかだし、自然も豊かで敵対的生物も居ない。スローライフを送るにはとても良い場所のように見える。だけど――』


 森の中で木にもたれながら、私はいつものように手帳に世界を記録する。2つの太陽が穏やかな日射しを降り注ぎ、そよ風が草を揺らしている。

 こんな環境で記録を書いていると、私も気持ちが落ち着いてくる。最近の仕事が過酷だった故に、こういった世界への配想は気分転換にもちょうど良い。


 ベルタの負傷から何日か経って、私は彼女が引き受ける筈だった配想の仕事をやっている。彼女は戦闘が得意ではないから、危険が予想される仕事は私が、そうで無い場合はベルタが引き受けることが多い。だからこそ、あの仕事が想定外だったのだと痛感する。彼女の意識はまだ戻らない。でも容態は安定している。今は、ただ祈るしかない。


「マスター、目的地の町を発見。ここから東へ2キロの所です」

 

 記録を書いていると斥候に出ていたウラヌスが戻ってくる。この世界の文明スケールは『タイプ1アルファ』で、地球で例えれば中世初期相当だ。"アルファ"とは霊的存在が確認されているときに付与されるもので、幽霊的な何かが存在しているらしい。まだ見たことはないのだが。


「分かった。レルワさんを起こしたら移動する」


 私は昼寝をしているレルワさんを起こすために立ち上がる。普段の態度は本当にものぐさで、最初の仕事先で見せたあの戦いぶりがまだ信じられない時がある。

 記録は後でも書ける。最後に書こうとしていた言葉――『だけど、この静けさに違和感を感じるのは何故だろう』を記憶に留めてから、木の上で横になっているレルワさんに声を掛けて町へ向かった。


  ●


 町に入ると、そこは多くの人で賑わっていた。大通りは店や露店が並び、多くの商品が並んでいる。至って普通の、ありふれた日常的な光景。危険仕事を担当する私には逆に新鮮だった。 

 私はレルワさんと一緒に通りを歩いて情報を集める。ウラヌスは流石に目立つので、簡易光学迷彩で姿を消して町の外で支援を担当していた。文明レベルの低い世界では、ウラヌスみたいなロボットは隠れているのが最適だ。


「ああ、ローレンスさんなら向こうの家だよ」

「ありがとうございます。助かりました」


 私はとある露店で今回の配想先である転生者の事を尋ねた。どうやら知り合いだったようで、すぐに居場所を教えてくれた。


「良いってことよ。ああ、よければ「明日の夜に酒場で一杯やるって約束を忘れるな」ってキールが言ってたと伝言を頼めるかい?」

 

 店主のキールさんは気さくな表情で伝言を頼んできた。私も教えて貰った手前、断るわけにはいかない。


「分かりました。キールさんからだと伝えておきます」


 そう言って私とレルワさんは露店を離れる。キールさんは手を振って見送ってくれた。言われた通りに進むと、それらしき家があった。


「私が行くのでレルワさんは待っていてください」

「えー何でよ?」

「あなたが死神だと分かった場合に余計な混乱が起きかねないので」

「仕方ないわね。ならさっさと終わらせて頂戴な」


 私は転生者を訪ねる前にレルワさんに待っててもらうように頼む。死神と知られたら余計な騒動になりかねない。

 彼女は不満そうな顔だったが、理由については納得してくれたみたいで近くの露店を物色し始めた。

 私は家の前まで行き、仕事モードに切り替えて扉をノックした。


  ●


 タブレットに映る依頼人からの動画メッセージを、転生者ローレンスさん改め、タカダ・ユウマさんは懐かしむような表情で眺めていた。


『ユウマ、お前が新世界で上手くやってることを祈るぜ。俺たちには病気を治せなかったが……せめてそっちでは元気な身体で幸せになってくれ』


 そんな言葉が再生される。どうやらこの人は転生前は病気だったらしい。その言葉を最後に動画は終了し、私はタブレットを回収する。


「ありがとうチノンさん。あいつの声がまた聞けるなんて嬉しいよ。正直言って、転生させてくれるなんて謳う業者は信用できなかったが、思い切って転生したのは正解だったよ」


 そう言ってユウマさんはお礼を言ってくれたので、その言葉を聞いた私は微笑んだ。この瞬間が配想員としてとても達成感を感じられる。想いを届けて、それで過去の人たちとの繋がりを感じてもらう。この瞬間があるからこそ、私はこの仕事を続けられる。しかし、話を聞くと悪徳転生業者を経由したみたいで、同時に私は今の転生ブームの広がりも実感してしまう。


「ありがとうございます。あと、キールさんから――」


 私は伝言を思い出して伝えようとした瞬間、ローレンスさんの表情が不思議な顔をした。


「キール? そんな奴、知り合いに居たかな……」

「えっ? 確か明日に酒場へ行く約束が……」


 私は思わず声を出してしまう。 約束したと言ってるのだから、知らないということは無いだろう。名前を聞き間違えたのだろうか。


「まあ酒場へ行く約束はしてるし、間違いではないか。でも誰と約束したんだっけかなぁ……」


 ローレンスさんはそう流して奥へ引っ込んでしまった。彼はあまり気にしてなかったけど、私はどこか引っかかる所を感じていた。しかし仕事には関係ないし、レルワさんを待たせているのもあるので、私は考えを切り替えて家を出ることにする。


「遅かったわね~。待ちくたびれたわ」

「ええ、ちょっと……」


 家を出るやレルワさんが退屈そうに私を待っていた。恐らく周りの露店は見尽くしたんだろう。私は最後のやり取りが気になって曖昧な態度になってしまう。レルワさんはどこか怪しむような素振りを見せたが、次の瞬間には「早く帰りましょう」とせがむので私たちは歩き出す。

 戻る途中、あの露店が見えてきた。確かキールさんが居るはずなので、私は露店を見て確認してみる。


「そんな……」

 

 露店を見て絶句してしまった。そこにはキールさんではなく。が店に立っていた。私は思わずその露店に駆け出す。


 店はまったく変わっていなかった。並んでいる商品、陳列の仕方、看板に書かれた品目。そのすべてが同じだった。ただ、変わっていた。


「すいません、キールさんは居ますか?」

「え、え? ここは私の店ですけど……」


 女性の店主は怪訝そうな顔で答えてくる。嘘を言ってるようには見えない。私の疑問に店主の女性は何だこいつと言わんばかりの顔になっている。数十分前、ここにいた店主はキールという男性だった。それは間違いないはずだ。


「どういう事なの……」

 

 私の頭は混乱している。追いかけてきたレルワさんも異変に気付いたのか怪訝な顔をしている。


『マスター、聞こえますか?』


 その時、ウラヌスから通信が入った。私は周りに見えないようにしながら通信機を手に取る。


「どうしたの?」

『スキャナーが町の周辺に大量の霊的存在を検知。数は200以上。はっきり言って異常です。仕事が終わったらすぐに帰還することを提案します』


 ウラヌスの声は淡々としているが、内容はとても穏やかではない。恐らく"アルファ"に分類されている霊的存在だろう。どんな存在か分からない以上、さっさとここを離れるべきだ。

 

「分かった、今から戻る。異界連絡路の準備をお願い」


 私はそう言って通信を終える。そしてレルワさんにも内容を伝えて、足早に町を後にした。


  ●


 町を出て森へ入った頃には日が沈んでいた。森で合流したウラヌスが異界連絡路の準備を始めている。


「スキャナーは?」

「今も存在を検知しています。この周辺にも溢れています」


 ウラヌスが報告しながら準備を続ける中で、私は周囲を見回す。私に幽霊は見えないけど、周りを漂っていると分かると少し不気味さを感じる。もしかしたら、来たときに感じた違和感はこれだったのかもしれない。


「ちょっと待ってくれない?」


 突然レルワさんがそう言って何も無い場所に歩いて行くと、そこで立ち止まる。その後、まるで誰かと会話しているように小さな声で話し始めた。それが終わると彼女は私たちの方に近づいてくる。


「今ね、霊的存在になったキールさんと話したわ。この世界は危険よ」


 レルワさんは意外にも真剣な顔で話し始めた。キールさんと話したというのも驚きだが、死神であればそういった存在と話せるのも納得できる。


「ここは転生者が多くやって来るけど、本当は多くの人口を維持できるほどの規模は無い。だから『調整』が入るの。ランダムに人の存在を消して、その消された存在の魂からエネルギーを抽出して世界を維持する。存在が消えるから、記憶からも消滅する。このシステムに組み込まれるのは、一定期間ここに滞在した場合。今周りを漂ってるのはその消された者たち。そしていずれエネルギーとして消化される存在よ。私たちの記憶が変わってないのは、恐らく来たばかりだからって所ね」


 レルワさんの言葉を信じて良いのか分からなかった。そんな世界が存在するなんて信じられない。でもレルワさんがここで嘘を言う理由も無い。こんなに穏やかな世界の裏に残酷な真実があるなんて……私は言葉が出てこなかった。


「ここは転生者を利用されて維持される世界……って事ですか?」

「そういう事。例えるなら、ここは転生者にとっての蟻地獄みたいな世界よ。消化されて器だけになった魂はそのまま宇宙へ捨てられ、器が満たされるまでは彷徨い続ける……とんだ世界があったものね」


 私の問いにレルワさんも不安を感じているような表情で答えてくれる。まるで悪意を持った世界だ。こんな世界が自然に発生するのだろうか。


「それでね。キールさんがローレンスはまだ対象に入ってない。今なら逃げられるからこの事実を伝えて欲しいって。どうするかはあなた次第よ」


 レルワさんがそう言って私に判断を委ねてくる。さっきの会話はこれだったらしい。その話だと、ローレンスさんはまだ一定期間に達していない。つまり逃げることができる。だけどそれは、転生して得た彼の幸せを壊す事になる。それに私は配想員であり、世界の真実を暴く存在ではない。想いを届けることと、世界に干渉することは別だ。不必要に干渉して世界の存在が危ぶまれたら、配想員は危険要素となって仕事が成り立たなくなってしまう。


「それはできない……私たちは配想員で、世界を救う存在じゃ無い」


 私は判断を下す。無情かも知れないが、これが配想員でもある。必要以上に世界を暴いて、それを壊すことは許されない。たとえそれがどんなに残酷な真実であっても、世界の在り方を変えることはできない。転生者が納得しているなら、深入りしてはならない。その生き方を壊してはならない。

 私は何度も言い聞かせた。世界に必要以上に干渉するなと。転生者が今に幸せを感じるなら、それを壊してはいけないと。


 私はこれ以上この世界に居たくはなかった。やがてウラヌスが異界連絡路を開くと、何も言わずにそれを潜る。去り際にどこか恨めしい視線を感じたけど、私はそれに振り返ることもなかった。

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