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第4話

おじさんと初めて会ったのは、私が小学校低学年くらいの頃だったと思う。

母は当時、全国警察剣道選手権大会に出場するため、厳しい稽古を自らに課していた。

その頃は私が剣道場に行くことは固く禁止されていたので、母が何をしているのかよくわからなかった。

日曜のある朝、私はトイレに行きたくなって目が覚めた。

トイレに向かう途中、道場へ向かう男の人の後ろ姿が見えた。背が高かったから、父じゃないことはすぐに分かった。男の人は、道場の中に入っていった。

あそこで何が行われているんだろう。お母さん、大丈夫かな。

トイレで座っている間、そんなことばかり考えていた。

私はどうしても中の様子が知りたくなって、おそるおそる道場に向かった。

戸を少しだけ引いて、中を覗き見た。

道場では、母とさっきの男の人が竹刀を持って対峙していた。静けさの中、息苦しいほどの緊迫感が道場に充満していた。

やがて野生の鳥が叫んでいるような高い声と、竹刀と竹刀が激しくぶつかり合う音が道場に響いた。

「面ーーッッ!」

男の人の頭上に、母の竹刀を振り落とされた。

バシンという打撃音のあと、男の人の荒い呼吸の音だけが残った。

私は見てはいけないものを見てしまったような気がして、家に戻ろうと振り返ったら、父が立っていた。

「ワッ!」

「こら。お母さんの邪魔しちゃダメって言ったろう」

「誰!」

母がこちらに気付いて、近付いてきた。面と防具を身に着けた母は、いつにも増して凄味があり、不気味な印象を受けた。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

母に怒られる前に私は必死に謝った。

「竹宮」

母の後ろから、男の人の小さな声が聞こえた。

男の人は、竹刀を構え、剣先を母に向けていた。呼吸で肩が上下している分、剣先も不安定に揺れていた。

「――」

母は、何も言わずに男の人の方に振り返り、ゆっくりと構えを取った。

母は、対照的に怖いくらい落ち着いていた。竹刀を握る時の革の擦れる音が聞こえた。

私は怖くなって父の腕を掴んだ。

「行こう」

父はそう言って、静かに道場の戸を閉めた。

その日の朝、4人で食卓を囲んだ。

いただきますの前に、その男の人は、私のほうにきちんと体を向けて

秋吉一晴あきよしかずはると言います」

と、丁寧に頭を下げた。

瀬月璃子せづきりこです」

慌てて私も頭を下げた。

その様子が可笑しかったのか、父も母も笑っていた。

「お父さんとお母さんの友達なんだ」

と父は紹介した。

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