小太郎の晴れ舞台

みこ

小太郎の晴れ舞台

 コン、コロコロコロコロ……。


 目の前で小鼓が転がっていく。

 悪いのは準備をしている時邪魔をしてくれたあの白猫なのだが、持ち方が甘かった、といえばそれはそうだった。

 どちらにしろあの大事な小鼓をなくすわけにはいかないのだ。あの猫がいる、この家で。


 夜でよかった。

 この仏間には幸いな事に誰も居ない。

 そっと行って戻って来るならば、問題になる事はないだろう。


 小太郎は久々に動かす足をプルプルとさせ、下に四段続く大きな段を見た。


「小太、無理するなよ」

 横から声をかけてきたのはいつだって俺の横に居る笛太郎だ。

 笛はノリが大事、なんて言いながら、真面目さを失わない嫌なヤツ。

「明日の朝になれば、誰かが拾ってくれるんだから」


「それはそうなんだけどさ。いつだって真っ先にここに入って来るのは、あの猫じゃないか」


 この家を我が物顔で闊歩する白猫。

 名前も言いたくないアイツは、俺たちの天敵だ。


「まあまあ、」

 背後からクスクス笑いが聞こえる。

「大事なものを大事にしたいっていう気持ちは、お姉さんわかるなぁ」

 後ろにいる官女が相変わらずのニコニコ顔で話に入って来る。


「全く、呑気なものだ」

 官女をからかうように見るのは、右に居る大太郎だ。


「大も、大人になったらわかるわよ」


 大太郎は、いつでも官女とこんなやりとりをしている。まったく、仲がいいんだか悪いんだか。


「俺、ちょっと行ってくるよ」


 呆れるような視線と、面白がる視線の中で、俺は段の下を覗く。

 実は、こうして下に降りたことはない。


「よっ」

 と降りると、着物が菱餅に引っかかる。

「む〜〜〜〜〜〜〜」


 モゾモゾしていると、右大臣側から、

「ほほっ」

 と笑い声が聞こえた。

 いつでも俺らを子供扱いするんだ。


 そのまま更に下の段へ。

 足を下ろすと、

「うわっ!大丈夫なの!?」

 と下から声がかかった。

 仕丁の顔をそのまま踏んでやる。


「小鼓落っことしたんだ」


 沓台に引っかからないように、最新の注意を払ってすれ違うように更に下へ。


「こらっ!他人の顔を踏んで行くとは何事だ!」

「ひっ……!はははははは!顔!顔が凹んじゃうじゃないか!」


 左右の声をほどほどに無視して、ガッチャンガッチャンと派手な音をさせて箪笥を倒し、振り返るとなかなかな惨状だった。

「登る時に直そう。うん」

 小太郎は車を伝い降りる。

「けどこれで!」

 キョロキョロと小鼓の場所を把握しながら、畳まで降りていく。


 スタッ!


「俺の小鼓が手元に戻るってもんだ」


 隣の部屋へ続く襖のそばまで駆けていくと、小鼓を拾った。

 上下左右、特に傷もなく、ほっと息を吐く。


「これを持って帰れば……」


 振り返れば、なかなかに大きな段が備わっている。

 みんなが、呆れた顔やハラハラした顔を揃えてこちらを見ていた。


「早く戻ってこいよ!」


 と声を張り上げたのは謡太郎だ。

 謡い手なだけあって声がデカい。

 注目されていることに眉を顰めながら、俺は小鼓を持って走る。


 その時だった。

「あっ」

 と誰かが小さく叫び、視界に入る全員が身をこわばらせた。

 背後で、スッ、と襖の開く音がした。


 ゾッとする。

 まさか……こんな時間に誰か……。

 思いながら振り返ると、そこに居たのは、

「ニャァ」

 あの嫌なヤツ、白猫だった。


 白猫は、スーンと鼻を上に向けると、俺の視界の外から猫パンチを繰り出して来る。


「うわぁっ」


 間一髪のところで、避ける。

 間を空けるため、俺は後ろに飛び退った。


 左手には小鼓。特に武器を持っているわけではない。


 ギッ!と睨みつけるが、対策はない。


 逃げるしかない。

 逃げるしか。


 その時だった。


「ハッ!」

 謡太郎の声と共に、


 ダダン!


 と、耳をつんざくような音が聞こえた。


 五人囃子だ。


 ズダンダンダンダ、ヒャララ〜〜〜〜〜〜〜♪


 みんな……!


「ニャ!」


 白猫が一瞬驚いた顔をして、動けなくなる。

 この一瞬この一瞬が大事だ。


 俺は後ろを向き、走りに走った。

 齧り付くように雛壇を登る。

 赤い絨毯は滑るけれど、なんとか一段。

 車を伝ってもう一段。


 そうしている間にも、囃子の音はドコドコと胸を打つ。


 ダンダンダダンズダダダダダダダダ、ピュ〜〜〜〜〜〜〜♪


「よいせっ」


 勢いよく自分の居場所へと上がる。


 後ろを振り返れば、この音に恐れをなした白猫が部屋を出ていくところだった。


 手に持った小鼓を見る。

 よし、俺の相棒!


「ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜」


 ポン!


 部屋の中を、決めポーズで飾った五人囃子の音がこだました。

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小太郎の晴れ舞台 みこ @mikoto_chan

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