【5】実況と幻聴

第15話

 画面の上にはちゃんと『ゲーム前の雑談タイム』って書いてある。これさえあれば、お前がゲーム前にだらだら喋ってても許されるからな。


「そうそう、この前僕、地球で初めて見たものを食べたんだよ。あれ、知ってる? 高難易度のブロッコリーみたいなやつ」


 二条と二人で昼休みを過ごした翌日、本当に二条はチケットを持って来た。初めて友達からチケットをもらって、僕は浮かれていたんだと思う。普段なら、僕が経験したことを一日二日でお前に話させるようなことはしない。少なくとも、一か月くらいは間を空ける。身バレ防止のためだ。それなのに、あの昼のことを僕はすぐにオズワルドの口から声に出してしまった。


『高難易度?』

『カリフラワーだろ』

『ロマネスコ?』

『ロマネスコか』


 二条が食べていた野菜は、時々スーパーでも見かけるようなものらしい。いつが旬なのかは知らないけど、あの値段じゃ僕は買おうとは思わない。普通にブロッコリーでいいし、カリフラワーとの違いもわからない。


「そうそう、ロマネスコ! あれすごいよなあ。ずっと見てると頭くらくらしそう」


 コメント欄はあれこれ言っている。こんなどうしようもない話でも、何千人もの同窓生はついて来る。オズワルド、お前、これって普通のことじゃないからな。


『お洒落フレンチでも行ったか?』

『花言葉は小さな幸せだぞ』

『オズの地元にはないの?』


 流れるコメントを見ていたら、ふと一つの言葉が目に留まった。


「『花言葉は小さな幸せだぞ』へえー、野菜にも花言葉があるのか」


 小さな幸せを弁当箱に入れて持ってくるなんて、二条の方こそロマンチストな気がする。流石にそこまで考えてるとは思わないけど、あいつの場合は可能性がゼロとは言い切れない。だって、バレエに片想いしてるなんて言う男なんだから。「小さな幸せを箱に詰めて持って来たんだ」ぐらいは平気で言うだろ。

 僕は適当なことを話しながら、一先ず雑談を丸く収めた。


「で、今日やるゲームは、前にバンズが号泣してバズってたアイドルプロデュースゲームの、アイドルが女子の方。結構リクエストが多かったし、僕も気になってたから」


 バンズの号泣ぶりは、『【まとめ】アイドルに対してやけに解像度が高い感情移入をした結果号泣するバンズ【ライエン切り抜き】』という動画がきっかけでバズった。ゲームの内容は、プロデューサー視点で男性アイドルを育成するっていうよくあるもの。だけど、本当にそれに近い場所に居たバンズにとってはただのゲームじゃなかった。自分の過去を振り返るような、そんな懐かしくて切ない物語だった。

 正直、僕の昔は思い出したいものじゃない。だからせめて女性アイドルなら、実体験と重なることもないだろうと思って実況することにした。同窓生からのリクエストが多かったのも事実だし。


「えーっと、まずはどのアイドルを育成するか決めるんだっけ。うわ、数すごいな。これ全員見てるだけで今日の配信終わりそう」


 画面には、女性アイドルグループの紹介画像が代わる代わる表示されていた。だいたい三人から五人グループ。まさにアイドルといった可愛らしいグループもあれば、黒いタイトな衣装で決めたクール系、DJを冠したダンスミュージック調のグループ、バンド形式や歌唱力特化型などかなりバリエーションが豊富だ。


『誰が好み?』

『付き合いたい女はいたか』

『きらきらしてる子おる?』


 同窓生は誰も知らない。僕の初恋が男だったことも、恋愛の話が好きじゃないことも。彼らは無邪気だ。教室で合コンに誘って来るような同級生と同じ。みんなお前が異性に恋するって当たり前のように思ってる。いや、それは僕も知らないな。お前、この中に好みの子は居るのか?


「うーん。なんかさあ、地球人って見分けにくいよな。事務所の先輩ならわかるけど、ゲームってなると余計に……」


 何周目になるかわからないグループの紹介画像を眺めていたら、五人グループのイラストが目に留まった。他のグループと比べると、彼女たちはどこか洗練されていて気品があるように見える。説明文はこうだ。


『〈YUMIXユミックス

 美しさを兼ね備えた少女たちは、最高の美を織りなすために仲間になった』


 真ん中に居るのは、色白で柔らかな茶色のショートヘアの女の子。瞳は緑と茶色を混ぜたような色合いで、五人の中では一番背が高かった。


「あー、この子にするか。一等星旅団に居そうな感じするから」


 お前はそう思ったんだな。でも、僕はこう思ったよ。彼女の見た目、二条に似てる。背が高いのは僕に似てる。

 僕が考えてることなんか、誰も知らなくていいよ。同窓生たちは、お前が女の子を一人選んだだけで大騒ぎだ。


『選ぶ基準そこ?』

『お前がYUMIXになるんだよ!』

『初見で愛奈を選ぶとはお目が高い』


 有象無象の言葉を書き分けて、僕は早速ゲームを始めた。

 ゲームの流れは、新人プロデューサーの僕がYUMIXの担当に就任するところから始まる。彼女たちをオーディションで選んだのが僕という設定だ。そこから、時々音ゲーを交えながらアイドルのスキルを上げて育成し、ストーリーを読んでアイドルの人柄を深掘りしていく。今回僕は〈瀬田せた愛奈あいな〉を選んだから、彼女と一緒になってYUMIXを最終目標の〈ドリームアイドルアワード〉で優勝させるのを目指すという話だ。


「瀬田さんって結構天然? 見た目だけだと、もっと大人っぽいと思ってた」


 ゲームを進めると、彼女の性格がわかるようになる。道端のタンポポに気を取られて迷子になったり、ちょっとした時にマジレスをしてしまって相手を困惑させたり。でも、彼女は誰よりも歌とダンスが上手い。ストイックなタイプではなく天才肌。だから人と目のつけどころが違って、グループ全体を困らせもするし覚醒させもする。彼女の一挙手一投足が、時にグループを前に進ませる。

 だが、もちろんこれはゲームだ。必ず雲行きは怪しくなる。


「わー、なんか空気悪くね? さっきまであんなキャッキャしてたのに……」


 ストーリーの雲行きが怪しくなってきたのは、ある雑誌の表紙に愛奈だけが選ばれた時だ。他のメンバーは、悔しいと言いながらも愛奈を応援する。しかし、YUMIXの中で一番プライドが高くプロ意識も高いメイが、突然爆発したかのように叫び声を上げた。


[どうしていっつも愛奈なの?! 練習だっていつもへらへらして、お菓子だって気にせず食べるし、一緒に歩いてても周りのことなんか気にしないで好き勝手! あたしの方がずっと頑張ってるのに! みんなの方が、ずっと努力してんの! なんであんたばっかり選ばれるの?]

[ちょっとメイ、落ち着いて。そんなこと言われたって、愛奈も困るよね?]

[あんたみたいなやつがアイドルだなんて認めない!]


 グループのメンバーが間に入っても、怒り狂った彼女の矛先は愛奈の方を向いたまま。次に画面を進めた時には、不穏なBGMさえ鳴り止んでしまった。


[愛奈なんか居なきゃよかったのに! あんたなんかYUMIXには要らない!]


 突然、頭を鷲掴みにされたような気がした。見えない大きくて冷たい手に、頭をきつく締め付けられるみたいに。視界が狭くなり、心臓が急に冷え切って、背中から嫌な汗が流れ落ちる。

 僕の脳裏に言葉が過ぎる。音が過ぎる。


『ええ。葛城和斗君は要りません』


 声だ。社長の声。聞こえるはずないよな。これは幻聴だよな、オズワルド。でも、頭の奥で響くんだよ。あの声が。社長室の扉越しに聞こえた声が。

 画面を見ろ、画面を見るんだ。僕は自分に言い聞かせる。だって、僕が動かなきゃ、喋らなきゃ。お前はぴくりとも動けない。ほら、早く何か言えよ僕。動けよ。ほら、コメント欄が騒いでる。


『オズワルド、顔止まってね?』

『回線死んだ?』

『ロマネスコ食うか?』

『ミュート芸』

 

 心臓の音が聞こえた。こめかみから血が飛び出しそうなくらい鳴り響く心臓の音が。ああ、僕は生きてるんだなオズワルド。危ないところで助けられた。ぽかんとしたまま動かないお前の顔と、何より、同窓生のコメントに。

 僕は口を大きく開ける。そうすると、お前も一緒に口を開くから。


「あー、ビビったー……。何このゲーム、エグいなあ……」


 コメント欄の動きが早くなる。システムやらネット回線の不調じゃなかったことが、同窓生に伝わったらしい。誰も彼もが口々に言うのを読むと、どうやらあいつらはこんな風に今のお前の反応を解釈したらしい。


『オズワルド、これが友達との喧嘩だぞ』


 お前が居てくれて助かった。僕が初恋の相手が自分のことを「要らない」って言ってたのを思い出したなんて、誰も考えない。お前が陰キャのボッチでよかったよ。それを笑いに出来るやつでよかったよ。


「う、うるせえなあ! ぼ、僕だって友達と喧嘩ぐらい……し、したことねえよ! 友達居ねえんだから! 瀬田さん、大丈夫だ安心しろ。喧嘩出来るってことは、一人じゃないって証拠だからな!」


 そんな風に言いながら、オズワルドはゲーム画面を進めて行く。こういうゲームにはお決まりの展開で、ヘイトを集めに集めたメイにもメイなりの覚悟があることが判明するし、愛奈とメイは和解する。なんとか育成は成功して、初めてプロデュースしたYUMIXは見事にドリームアイドルアワードで優勝した。

 僕は、もう二度とこのゲームをオズワルドに実況させないと心に誓った。



 翌日、動画投稿サイトに切り抜きが上がっていた。


『【悲報】ボッチのオズワルド、友達との喧嘩に驚愕してフリーズ【ライエン切り抜き】』


 なんなんだよ、これ。

 でも、おかげでどうにかやり過ごせた。ありがとうオズワルド。嫌なことを思い出した時に、そばに居てくれて。

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