第13話

 次の月曜日、二条は風邪が治った僕を見るなり嬉しそうに笑って、そわそわしながら「今日の昼、一緒に食事をしない?」なんて言って来た。いや、ただ同級生と昼飯食うだけなのに、朝っぱらからこんな言い方して誘うか?

 ただ、僕には学校に友達が居たことがないからわからない。芸能活動なんかしてたら、“普通の友達”なんて学校で出来っこないんだよ、オズワルド。だから、友達が居ないってことをネタに出来るお前のメンタルがどれだけぶっ飛んでるか僕にはわかる。僕は、学校に友達が居ないってことを事務所や共演者に知られたくなかったから。


 二条がいつもどうやって昼休みをやり過ごしているのか僕は知らない。でも、今日は晴れているからグラウンドの隅に行った。うちの学校にはグラウンドが二面ある。高低差がある二つのグラウンドの間は、ライブの二階席みたいに段差がついた坂道になってる。そこに腰かければ昼休みにお誂え向きな空間になるって訳だ。

 適当な場所に座り込むなり、二条は堰を切ったように話し出した。


「オズワルドの動画、幾つか見たよ。面白かった!」


 二条は、お前の話題を人気がない場所に着くまで口にしなかった。流石だよな。お前のことを知られたのが二条だったのは、不幸中の幸いだよ。


「初配信? あの、イラストからいきなり3Dになって、歌って踊るのとか……。その後に、オズワルドが歌いながらリズムゲームをやり始めたのもびっくりしたよ。あんなに難しそうなゲーム、どうして歌いながらクリア出来るの? ぼくには想像出来ないよ」

「ああー……。……子どもの頃からやってたんだよ。発声練習みたいなもの」

「どういうこと?」


 無邪気に首を傾げて、緑がかった茶色い瞳を輝かせながら二条は聞いて来る。前のめりになって倒れそうなほど、二条はお前に興味津々だ。


「……音ゲーなら、移動中にやりやすいだろ。RPGみたいに話のキリがいいとか悪いとかがないから、自分で時間を決めて遊びやすいし。で、練習とかレッスンに行く前に発声練習したいから、基礎練やった後に音ゲーやりながら歌うの。車の中でこう、上手いことスマホ置いて……。そうすると、現場に行く時には喉が開いてる」

「君、歌を歌っていたことがあるの?」

「……子役時代はミュージカルに出てたから」


 二条は、どの演目に出てたのかも、どこの事務所に所属していたのかも聞かなかった。劇団しらぎくのことも、子ライオン役のことも、それがどうしてバーチャルライバーになったのかも。ただ、彼は瞳の底から感心したように口を開く。


「ふうん、面白いね。君の経験が、オズワルドに活きてるんだ」

「ああー……。うん、そうだね」


 その後も、二条はどの動画を見たのか話し続けた。例えば、バンズ個人の初配信。ついさっき三人で踊った映像を見ながら、あれこれフィードバックをし始めた配信だ。動画サイトでおすすめ欄に表示された一等星旅団の切り抜きもいくつか見たらしい。ヴェールが一人で全役を演じ分ける朗読、事務所の公式クイズ番組に一等星旅団が呼ばれた時の珍解答、それから……。


「あの、ほら。恋がポメラニアンでどうこうっていうのも見たよ」


 やっぱりそうか。いつでもどこでも、恋愛の話題は興味を持たれやすい。一方で、アイドルに近いバーチャルライバーにとっては扱いが難しい題材でもある。だからこそ、それを配信で取り上げて回答した一等星旅団の切り抜き『一等星旅団の恋の定義は全員ポメラニアン?!【ライエン】』は、今でも面白がられて再生数が増え続けている。そのおかげで、僕のおすすめ欄にもしょっちゅう出て来て嫌になるけど。


 二条は無邪気に、初めて手にしたおもちゃをてっぺんから先っぽまで触りまくって覗き込んで、物珍しさに浮かれてる。そりゃそうだよな。こいつの人生にいきなりバーチャルライバーがねじ込まれたんだから。面白がるのはよくわかる。


「あの回答、好きだなあ。『相手がきらきらして見えたら恋』だなんて。君、ロマンチストなんだね。いや、オズワルドがと言った方がいいのかな」


 僕はどこかに最適解が落ちていないか探してみた。二条と話していると、よくそんな気分になる。今回もやっぱりだめだった。現実の最適解はアイテムみたいに地べたで点滅している訳ないし、選択肢に“チャンス!”って表示がある訳でもない。


「……そういう話題、お前が見るなんて意外だな」

「君とオズワルドの答えに興味が湧いただけだよ」

「……あれ、僕はあんまり好きじゃない」

「そうなの?」

「多分、あの時答えたのはオズワルドじゃなくて、僕だから」


 なんでそんなこと言っちゃったんだろうな。きっと僕も浮かれてるんだ。二条が、僕とお前のことを知ってるってことに。秘密を分け合うって、なんだか普通の友達みたいだろ。別に僕ら、友達って訳でもないのに。


「じゃあ、あれは君の本音なの?」

「本音と言うか……。それ以外、思い浮かばなかった」

「そっか。だから君は、舞台に立ち続けてるんだね」

「え?」


 ようやく、二条は自分の弁当に手を出した。弁当って言っても、野菜ばっかりが入ってるタッパーみたいなもの。一応、肉もあるみたいだけどささみ肉だ。こういうの見たことあるな。『【お見せします】ボディビルダーの食生活!』って感じのタイトルがついた動画の中で。

 二条は、僕が知らない高難易度のブロッコリーみたいな野菜をよく噛んで飲み込んでから続けた。


「舞台はきらきらして見えるじゃないか。昔からそういう場所に居たんだろ? 今だって、表現方法は違うけどああいう活動をしてる。君は舞台に恋をしてるから、色んなやり方で舞台に立てるんだ」


 そうだったのか? オズワルド、お前にはわかるか?

 でも、僕には一つだけ確信出来ることがあった。


「……二条は違うってこと?」

「うん。ぼくはバレエにずっと片想いしてるんだ。バレエの他に出来ることはないし、やりたい表現もない。バレエが出来るなら、道端でも教室でもいい。でも、舞台や練習場が一番バレエをやるのに向いてるだろ? 石ころにも机にも邪魔されないからね。それに、上手く行けば拍手をもらえる」

「その恋って、叶う見込みあるのか?」

「拍手喝采を受けた時だけ、バレエがぼくに振り向いてくれたような気持ちになるよ。でも、見込みはないね。まるでない。だけど来年の夏には、この永遠の片想いも幕を閉じる」


 その時、二条の視線が野菜たっぷりの弁当に落ちた。彼が話しながら目を逸らすのは珍しい。いつもは嫌になるほどこっちを見て来るくせに。


「……バレエ、辞めるの?」

「だって、大学受験の準備が始まるもの。ぼくは海外の大学に進学して、経営学を学ぶのはもちろんだけど、会社に還元出来る人脈作りもしないといけない。だから、早いうちから準備をしないとね」

「でも、どこかで少しでもやればいいのに。好きな相手なら、会えなくなったら辛いだろ」


 だから、なんで僕はそんなことを言うんだよ。頭の片隅ではわかってる。二条が決めたことなら、僕が口を出す必要なんかない。僕が劇団しらぎくからライムライト・エンターテイメントに移籍するって決めた時だって、両親はそうやって言ってくれたじゃないか。


「バレエ団は辞めても、バレエは辞めるなよ。どこで踊ってもいいなら、僕の前で踊ればいい。そしたら、僕が何度だって拍手する。長い時間拍手してれば、お前とバレエは両想いになれるかもしれないだろ。だから、辞めるなんて」


 そんな寂しいこと言うなよ。

 別に僕は、二条のバレエに思い入れがある訳じゃない。バレエなんてよく知らないし、上手い下手の違いもわからない。僕にわかるのは、恋が終わる時の冷たさだ。心臓が冷え切って、固まって、真っ黒な石ころになって、人生の道端のどこかにそれを投げ捨てるあの冷たさ。

 僕はなぜかこう思った。二条には、あんな冷たさに触れて欲しくない。ずっと踊ってて欲しい。それに、踊ってる二条はあんなに格好いいんだから。実はもう、バレエだってこいつに惚れ込んでるかもしれない。


「……ありがとう、葛城くん」


 気付いたら、目の前に居る二条の頬が赤く染まっていた。日に当たり過ぎたせいかもしれないけど、頬と耳だけが赤いからきっと違う。思い上がるなら、僕と同じように、僕の言葉にびっくりしている。でも本当のところは、バレエのことを思っているせいだろう。


「ぼくも、オズワルドみたいな体が欲しいな」

「なんで?」

「ずっと変わらずに居られるから」

「変わってもいいだろ、別に。見てるのは僕だけなんだから」


 二条は笑った。グラウンドの片隅で。その笑顔を僕だけしか見られないのはもったいない。全校生徒の前で見せたっていいくらい、彼の笑顔はきらきら眩しかった。

 でも、誰にも見せたくなかったんだ。恋をする二条の顔なんて、他の誰にも。

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