【3】ポメラニアンとパイナップル
第8話
お前はいいよなって思うことはたくさんある。見た目だってそう、恵まれたデビューだってそう。でも、僕がどうやっても越えられない壁を越えられるのが、心の底から羨ましい。お前は、僕がどこに居たって誰にでも会いに行ける。もちろん、向こうがオンラインであればの話だけど。
「『その悩み、宇宙人なら解けるかも?! お悩み相談室ー!』」
今晩もヴェールは腹から声を出している。彼はお前の隣でコーナーのタイトルコールを決めてご満悦だ。元々声優だったヴェールは、最近ナレーションの仕事が増えている。だからこれくらいの短い決め台詞なんて朝飯前なんだろう。
「このコーナーは、地球に不時着した一等星旅団の三人がリスナーさんからのお便りに……」
お前たちは同じ画面の中に居る。ヴェールもバンズもオズワルドも。隣り合って茶々を入れて、ケラケラ笑って話している。でも、僕の周りには誰も居ない。こじんまりとした防音室で動いているのは、僕とお前だけだよオズワルド。
「うーん、ライブ見てるだけで疲れちゃうなら、ジョギングがいいんじゃないかなあ。すぐに筋肉がつく訳じゃないけど持久力が上がるから、ライブ参戦してはしゃいでも疲れにくくなるかもしれないね」
ヴェールとバンズがどこから配信しているのか僕は知らない。でも、少なくとも一等星旅団の三人は一緒に居る。それがたまらなく羨ましい。別に僕は寂しがり屋じゃないけど、この体から抜け出してどこへでも行けるのは心底羨ましい。僕は、僕の中になんて居たくない。
「では、続いてのお便りです。『一等星旅団のみなさん、こんばんは! いつも楽しく配信を拝見しています。久しぶりの〈宇宙人ラジオ〉なので、どうしてもみなさんに聞きたいことがあってお便りを出しました。私は中学一年の女子です。最近、友達がみんな好きな人の話ばかりしています』」
「わあ、甘酸っぱいなあ」
のんびり答えたのはバンズだった。青い髪の青年は、可動域の少ない頭で頷く代わりに体を左右に振った。コメント欄もバンズに同調して、『わかる』とか『若い』とか言い始めた。ヴェールは手紙を読み続ける。
「『でも、私はまだ初恋を経験したことがないです。恋ってどういうものですか? 友達に聞いたら、目で追いかけちゃうとか話すとウキウキするとか言っていましたが、あんまりピンと来ません。そこで、一等星旅団のみなさんが“誰かに恋をした”と自覚するのはどんな時なのか教えてもらいたいです』だってさ。どうする?」
「どうするって、これ採用したのヴェールだろ。お前から答えろよ?」
「じゃあオズワルドは最後な!」
「なんで!」
口を挟んだせいで、オズワルドの回答順は一番最後になってしまった。僕はこの相談室があんまり得意じゃない。だって、こういうのって大喜利みたいなものだろ? でも、お前はそんなに苦手じゃなさそうだよな。さっきからずっと、へらへら笑ってるし。
「ヴェールくんは、どういう時に“誰かに恋をした”って自覚するの?」
相変わらず、バンズはマイペースだった。茶番の喧嘩が始まりそうなところに、スッと入って来て話を進める。彼のマイペースに見える発言は、実は気働きであることが多い。でも、そう見せないのがバンズの見事なところだった。
「俺はねえ、頭の中でその人についてのポエムを作り始めたら恋だって思うね!」
「ポエム? ヴェール、詩が書けるの?」
「いやあ、そういう大層なものじゃないぞ! なんだろうな、こう……。『君の髪がタンポポの綿毛みたいで綺麗に見える』とか、勝手に頭の中でいいこと言おうとする感じ」
「タンポポの綿毛みたいな髪ってどういうことだよ。相手ポメラニアンかよ」
「ひーっ!」
お前の返しにヴェールが声を上げた。この妙な笑い方はヴェールの癖で、ツボに入った時はこうやって笑ってしまうらしい。ただ、ヴェールは笑いのツボが浅いので、大体いつもこの笑い声になる。いわゆるゲラってやつで、このおかげでトークが明るくなるのは大助かりだ。だって、バンズとお前だけで話してると、縁側のおじいちゃんと孫みたいな雰囲気になるから。
まだ笑っているヴェールの代わりに、今度はオズワルドがバンズに聞く。
「で、バンズ先生のお答えは?」
「んー、おれは、守らねば……って思ったら恋かなあ」
「やっぱ相手ポメラニアンじゃねえか」
「ひーっ!」
「ポメラニアンじゃなくても、守りたくなる人は居るでしょ」
「やだなー、お前こういう時絶対に好感度上げて来るじゃん」
オズワルドが眉をひそめると、バンズの顔は気が抜けたみたいに目を丸くした。これをあの色黒でスキンヘッドに両耳ピアスのダンサーがやってると思うと、なんだかもう訳がわからない。でも、あの人に同じことを聞いたら別の答えが返って来るかもしれないんだよな。
そうしているうちに、笑いから正気を取り戻したヴェールが腹から声を出した。
「ではでは、お待ちかねのオズワルド御大、お答えお願いします!」
僕は考える。オズワルドも一緒になって。もっと腕が自由に動けば、今僕が腕を組んでいるのと同じ動きがお前にも出来るのにな。
「そもそも、僕みたいなボッチに恋愛相談する方が悪いからな」
「照れてますねえ、オズワルドくん」
「ひーっ!」
「お前のツボほんと浅いよな」
そうやって時間稼ぎをするけれど、僕にはまるで答えが浮かばない。恋、初恋、恋愛……。
ああ、そっか。
お前にも言ってなかったけど、僕の初恋は前の事務所の社長だ。そう、劇団しらぎくの。社長って言っても、先代から劇団しらぎくを継いだばっかりで、僕が初めて会った時はまだ二十代だったんだ。社長って言うよりお兄さんって感じだった。本人も、昔は子役だったらしい。だから、劇団で預かってる子役のことは大事にしてた。僕のことも可愛がってくれたよ。で、僕はその優しさに甘えて絆されて、気付いたら好きになってた。社長が褒めてくれるから、いっぱい仕事をしようって張り切ってた。
だけど違ったんだ。あれは恋でも優しさでもない。社長はただ、商品をメンテナンスしてただけだ。そして社長は、僕のメンテナンスを諦めた。僕がちぐはぐだったせいで。
久しぶりに社長の姿を思い出す。長方形の輪郭の美男子で、いつも上等そうなシングルスーツを着てた。ライムライト・エンターテイメントに採用されてから、僕は一度も会ってない。もちろん、個人的な連絡先なんか知らないからメールも電話もしていない。僕の初恋は空っぽの空洞だ。真っ暗で冷え切った空洞。
あれはもう恋じゃないから、今の僕には何にも見えない。
「きらきらしてること」
「きらきら?」
「そう。一等星みたいにさ。相手がきらきらして見えたら、恋だと思う」
僕に今の事務所を紹介したのは社長だよ、オズワルド。彼は、僕を芸能活動から引退させる悪者になるのが怖くて、ライムライト・エンターテイメントに僕を押し付けたんだ。大人ってずるいよな。でも、僕が居るのはそういう世界だ。
「ひーっ! それも相手ポメラニアンじゃん! ほら、夜に散歩してる犬って、光る首輪みたいなのつけてるだろ! あれ、ふわふわの毛の犬だとゲーミング犬になってさあ!」
ヴェールの明るい声が響いた。おかげで、トーンが下がったお前の答えは笑いに変わった。コメント欄が読み取れないほど早く動き出す。言葉が駆けて行く。無音のくせに喧しい言葉が。
『全員ポメラニアンに恋してるってこと?』
『やっぱバンズ先生よ』
『なにげにロマンチストなオズ』
『ひーっ!』
やっぱり、僕がお前じゃなくてよかったと思う。もし僕の顔が画面に映っていたら、ヘッドフォンの中でやけに熱くなってる耳も、明らかに赤くなってそうな頬も、全部リスナーに見られてるところだった。
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