高輪プロジェクト
@fishcutter
第1話 事件のあとで
事件のあとで
五月二十日、月曜日。時刻は午前七時。
いつもなら、まだ夢を見ているような時ではあった。
昨日の夜は遅くまで、仲間たちと飲んだり食ったりで、トイレが近くなっていた。
眠たさで目をこすりながら、通路を歩くその途中――
いつもであれば誰一人として、いるはずのないダイニング・キッチンに、深刻めいた六人の仲間たちが、静かに会話を繰り広げている。
俺は足を止め、声を掛ける。
「何かあったの?」
今いるこちらのマンションに一緒に暮らし始めた仲間たちが四人――
それに加えて、時々ここに来る直弥とさゆりが、なぜか今ここに――。
直弥はさゆりと付き合って、かれこれ一年以上がたっている。
そんな彼女を気遣って、寄り添い、静かに声を掛け、暗い視線を彼女に注ぐ。
他のみんなは気遣って、二人を囲み、腕を組み、深刻な顔で息をしている。
見れば、さゆりの白いスカートに、刃物で切った痕がある。
きっと彼女は道端か電車の中で、ただならぬ暴行を受けた違いない――
そんなことを自分は感じつつ――
座って、その場で話を聞けば、さゆりは朝の電車の中で、見知らぬ誰かにスカートを刻まれてしまった、と直弥が言う。
さいわい彼女の身体には傷なく、腫れもなかったけれど、心にショックを受けたため、立って歩くことすら危うくて、直弥の所在を頼りとした。
二人はなんとか駅を出た――。けれども休む場所がなく、高輪寮なら安全に身を寄せられると考えて、二人でトコトコ歩いてきたのであった。
ところでそんな俺たちは、東京都港区高輪のマンションの、とある一画に住んでいる。
高輪寮はマンションの中である。
大学予備校の男子寮がそのマンションの中にあり、俺を含めて須賀がいて、P太郎がいて、坂本がいた。
あとは横井を併せて計五人、高輪寮の生徒として、今年四月に同居を始めた。
一人残らず俺たちは、田舎から来た浪人生――。
翌年こそは大学に受かってみせると意気込んで、受験勉強に励む身の上だった。
最寄の駅はJR品川駅の高輪口。
そこを出、大通りを数分歩き、狭い路地に入れば、目の前は緩やかな坂――。
坂に沿って歩いた先に、高輪寮が見えてくる。
人はこの地名を聞いた時、雅な地域と評するけれど――
そうはいっても俺たちは、社会の地位もないのだし、まとまった金すら持っていない。
田舎から来た若者で、ワインの味も分からない。
大人の世界には、てんで無知で、近所のウィング高輪や京急百貨店を練り歩くのが関の山。
品川プリンスの一階の喫茶室は、仕方がなくて行くところと――、そんなふうにすら思っていた。
ちなみに、高輪寮の目の前は、ファミリーマートが一軒あるのみ。
寮の住人は俺を含め、合計五人ということで――
けれども、今朝の場面のように、二名が追加されたり、十名程度にまで膨れ上がったりした。
この日の話で知ったこと――。
さゆりは以前に二回ほど、同じような目に遭っていて――
その都度、直弥に手引かれて――、警察に届け出をしたものの、事件に乗り出すそぶりすら警察側は出さなかった。
それを聞いて俺たちは、少なからず驚いた。
直弥の口から語られるのは、さゆりは却って警察に𠮟責さえも受けたという。
これを機にして俺たちは、闘うチームを結成し、さゆりを狙った犯罪者の捕獲に向けて動き始めた。
その内容を話す前に、まずは当時の俺たちの暮らしぶりから説明し、それからどんな行動で闘っていったかをお伝えしたい。
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