伝説継承物語。異邦爺・全否定中年・日常大人「今は君の番だ。そしていつか君も託す側になるだろう」追放青年「なんのこっちゃ」物語の先代達が、今代を見守り……偶に手伝うようです。
新しい日常への第一歩。ついでに知らないところで愚か者が破滅する第一歩
新しい日常への第一歩。ついでに知らないところで愚か者が破滅する第一歩
さて、回復した後のテオだが生活は一変した。
「んあ……」
まず目覚めた場所は安いボロボロの宿ではない。
ベッドのシーツはしっかりしているし、部屋には質素ながら作りのいい調度品だけでなく、絵画だって飾られている。
虫がいるのは当たり前。隣室から叫び声が聞こえ、時には酔っ払いが大暴れする安宿とは大違いである。
そして水分を補給したテオは部屋を抜け出して、朝日の見える場所へ向かう。
(何回見てもヤバいぞこの船)
呆れ半分、感嘆半分の感情を抱いたテオは、船の甲板というより庭園に足を踏み入れ周囲を見渡す。
僅かな小川と花壇で咲き誇っている花は、ここが船の上なのかと疑問を齎し、俗世との関わりを感じさせない。
「ふううう……」
テオは人の移動で土が露出している場所に立つと、ゆっくり体の調子を確認するように動かす。特に再生した左腕、右目の動きと意識に齟齬がないかを入念に確認し、問題がほぼない事を把握した。
再生したのが利き腕なら真新しい皮膚と、短剣を握った感触に違和感を感じただろうが、幸いにも左腕なら誤差であり、眼球に関しても問題がなかった。
「おはようございますテオ様」
「おはようテオ」
テオが一通りの動きを終えると、甲板に女神の如き聖女アナスタシアとゼナイドが姿を見せる。
朝日に照らされる二人の姿は神々しく、人によっては即座に跪いてしまうだろう。
「おっと。おはようアナスタシア、ゼナイド」
だがそんな二人に対しテオは、かなり砕けた口調で応じた。
勿論テオは最初、形式ばったやり取りをしようとしたが、この聖女二人はテオが寝ぼけていた時の口調を望んでいた。そしてテオはテオで、そう言われてるんならまあいいか。でも時と場所を考えないといけない立場だから、この船とか人目が無い場所限定でよろしく。
と言ってのけたのだ。
ついでに述べると、夢に現れる老人なら、男女の間で秘密を作るとどうなるか知らないらしい。などと呟きニヤニヤ笑うだろう。
「お、おはようご。んん。おはようテオ」
「おはようございますエマさん」
一方、複雑な立場で口調が定まらない女、エマも姿を現した。
エマにすれば臨時とはいえ枢機卿の立場はあるが相手は恩人。まだ正式ではないものの、雇用主と雇用されている側の関係。年上の女と年下の青年。
そしてどうにも母性をくすぐられる頑張り屋なのに、頼りがいもある男。
様々な関わりを一度に処理するのは、男女の恋愛など経験したことがない乙女には難し過ぎた。
その色々が重なり合った結果、エマは船の中なら猊下ではなく、単なる年上の女として扱われることを望んだのだ。
「今日も頼むぞテオ」
「おう。よろしくなカレン」
最後にカレンだが、こちらはかなりスタンスが定まっている。
アナスタシア、ゼナイドの安全に必要不可欠なら最優先事項であるため、テオは同僚だと認識していた。
あくまで彼女の理性では。
それはさておき、同年代だろうが普段のカレンなら男というだけで警戒しただろう。しかし冒険者ギルドでエマが語った通り彼には実績が存在するため、なんの問題なく受け入れていた。
あくまで彼女の理性では。
そのため情緒に乏しい聖女。常識が支配しているカレンに比べ……。
(ど、どうしよう。流石に君付けは馴れ馴れしい?)
猊下と呼ばれる立場の人間が現時点では一番動揺していた。
「あれは……」
そんなエマがつい視線を逸らし空を見上げると、その先には違和感を感じる黒点が浮かんでいた。しかも点はどんどん確かな輪郭を確認できる距離まで近づき、はっきりとした威容を人々に見せつける。
今、聖女達がいる白い宮殿のような船と真逆。真っ黒な船体には多数の砲が備えられ、神を称える文言が至る所に刻まれている。
更に船内には多数の戦闘や調査に特化した者達が犇めいており、小国の首都なら一晩で殲滅することが出来るとまで思われている戦船だ。
「撃滅船。対悪魔部署が来た」
呟くエマは船に搭載されている、白貴教総本山に情報を伝えられる装置を使い、悪魔の存在を決して許さない者達に連絡していた。
「仰ってた味方ですね?」
「そう。白貴教の最精鋭よ。それに太陽国の旗も見えるから、かなり強力な権限を発揮する筈。これは……速度を落とさない? まさか戦闘機動?」
念のためテオが確認を取り、エマは肯定した直後、予想外の出来事が起こる。
エマは黒い船が王都の傍に降りて、自分達から聞き取りを行ってから調査をするものだと思っていた。しかし、黒い船は全く速度を落とさず、戦闘船速に近い状態で王城を目指している。
では、ここで黒い船の様子を確認しよう。
「総員戦闘態勢!」
「戦闘たいせーい!」
全員の目がバキバキにキマッていた。
一見すると重厚すぎて身動きが阻害されそうな真っ白い鎧を着ている者達も、エマから人語を理解する強力な悪魔が現れ、一時的に山脈国の王城が制圧された。現地の人間のお陰で悪魔は打倒されたが、調査や念のための人員を送ってほしい。と連絡を受けた際は半信半疑だった。
しかし、臨時枢機卿が態々その様な嘘を伝える必要もないことから、念のため派遣された彼らは、突然船内に鳴り響いた警報で全ての楽観を捨て去った。
「今も確認出来ているな⁉」
「間違いありません! 残滓だとは思いますが非常に強力です!」
「よろしい! 悪魔が現れた原因を特定する!」
まだ空にいるにも拘らず対悪魔の調査に特化した黒船が、悪魔がいた痕跡を探知して警報を発し、乗組員達は強硬突入の構えになった。
常識的に考えると宗教勢力が国家に宣戦を布告するようなものなのだが、世界を統べる太陽国と共存している白貴教の権威・権限は異常の一言だ。しかも念のため太陽国の使者も黒い船に乗り込んでおり、山脈国程度の小国では権威・武力の両面で太刀打ち出来ない。
「突入!」
「我々は白貴教の対悪魔部署である!」
ただ、王城の近くに強行着陸した対悪魔部署に非があるかと問われれば首を傾げる。
カラスの悪魔が王城だけではなく、王都全体の意識を支配したように、強力な悪魔へ生温い対応をしていては間に合わず、悲劇しか生み出されないのだ。
実際、最初期の対悪魔部署は政治を優先した結果、悪魔が暗躍した都市が壊滅的打撃を受けたり、魔王永炎が送り込んだ侵攻部隊によって、小国そのものが傾いた事例もあった。
そのため対悪魔部署は、異常に膨れ上がった白貴教の中にあってなお特権的な立場を各国に認めさせていて、山脈国が相手なら教皇が胃を痛めるのと引き換えに、無理矢理押さえつけることが出来た。
その無茶を押し通した甲斐はあったし、結果論だが正しかった。
幸いなことに王が不審死して混乱した王城や王族は、悪魔の件を覚えていなかったことも合わさり、はっきりとした証拠を残していた。
「げえっ⁉」
「こ、これは⁉」
「我々や太陽国に知らせずよくもこんなものを!」
「太古の悪魔石板だと⁉」
一人で雑兵十人や五十人どころか、ずっと殺し続けることが出来ると称された者達が冷や汗を流す。
特に悪魔の残滓を感じる宝物庫に突入してみれば、対悪魔部署にとって禁忌に等しい上級悪魔との契約を肩代わりさせる石板が置かれているではないか。
「しかも使用済み! 資料を全て確保しろ! こんなものがどこからやって来たか突き止めるのだ!」
即断即決。相手が小さいとはいえ国だろうが気にせず、白貴教の対悪魔部署はあらゆる資料を手に入れていく。
このような白貴教が持つ権力の一端が、聖女巡礼での競争を招いた原因の一つだろう。
それはそれとして、冒険者ギルド支部長ダニエルが最も恐れていた事態。メイソン王との汚職が露見寸前だった。
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