花も恥じらう美少年ロボットと普通の女子高生の初恋
藍銅紅@『前向き令嬢と二度目の恋』発売中
第1話 応募しました
学年末テスト、三日前。
机の上には、国語の教科書やノートや資料集が開いてはあった。ついでに数学の問題集もその横に積み重ねてはある。
が、ミサキは溜息を吐きながら、椅子の背もたれに寄り掛かった。
「あー……、やる気がしない……」
資料集にはことわざや慣用句、故事成語が表になってずらっと載せられている。期末テストの出題範囲だ。
じっと眺めてはみるが、印字されている文字は、これっぽっちも頭の中には入ってこない。
「二百個くらい覚えても、テストで出るのは二問か三問でしょ。で、どーせ二点とか三点とかにしかならないのにー」
ますますやる気がなくなって、すすす……と、スマホに手を伸ばす。
クラスの友達からの連絡も特にはない。
とりあえず音楽でもかけるか……と、音楽動画サイトを検索するが、まず出てくるのは広告だ。
「広告ウザいけど、曲が始まるまでの我慢我慢……」
だが、今日は。その広告に、目が留まった。
映っていたのは二人の男性。
一人は、スーツの上に白衣を着た、黒ぶちメガネの中年男。
もう一人は……。
「うわ、キレイな男の子! 新人アイドル……?」
思わず広告をクリックして、動画の男の子を凝視してしまった。
サラサラの黒髪は、中分けした前髪の根元を立ち上げて、毛先を外側に流しているスタイル。二重でぱっちりとした目。 色白で透明感すらある肌の、その頬は、緊張しているのか照れているのか、ほんのりと赤い。
「美少年顔ってカンジー。あ、美青年かな? わたしと同じ高校生くらいに見えるけど」
だが、その美少年の横に立つのが、白衣でメガネの中年男というのはよろしくない……と、ミサキは思った。
「あー、でも、白衣のほうが理科の先生とかで、美少年顔のほうが転校生とかだったらアリかなあ……」
二人の後ろにホワイトボードがあるところなんて、ますます教室みたい……などと思っていると、白衣の男がそのホワイトボードに『急募!』という文字を書いた。
そして、話し出した。
「今、私の横に立つ彼は、我がヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社が開発した『最新鋭の人工知能を搭載したのヒューマン型ロボット』です」
ミサキは首を横に傾げた。
「へ……? 人工知能……? ロボット……?」
人工知能という言葉を聞いたことはあった。
が、「具体的にどういうものか三十字以内で説明しなさい」と問われれば「よくわからないです」と答えるしかない。
では、ロボットはと言われれば、すぐに思い浮かぶのは、マンガやアニメのキャラクター。
小学生の頃のミサキは「量産型ネコ型ロボット」が本気で欲しいと思っていた。
空も自由に飛びたいし、ドアを開けただけで世界旅行ができたらサイコーだ。どんな夢でも便利な道具で叶えてくれる。報酬がどら焼きなら、実にお安い。漫画の主人公の男の子よりも、絶対にミサキのほうが上手くロボットを使える……。
ミサキの思考が横に逸れている最中にも、白衣の男の説明は続く。
「より人間らしい対話が可能」とか、「知識の網羅性と精度が向上」とかまでならば、まあ、いい。
だが、「セマンティック・セグメンテーションとインスタンス・セグメンテーションを組み合わせたパノプティック・セグメンテーションにより、すべてのピクセルに意味のあるラベルを付けつつ、個体ごとに区別することが可能」とか「単語および音セグメントなどの相手モーダルの意味単位のかたまりと視覚アテンションが直接結びつけられる。故に、人間の意味単位に近い解釈を、アテンションの重みが与えてくれるようになる」などという発言は……。
「呪文かっ⁉」
男の話す言葉の意味が、ミサキにはさっぱり分からない。
異世界転生系のネット小説で使われている魔法呪文のほうが、まだ理解できそうだ。
理解できたのは、白衣の男が最後に言った言葉だけだった。
「この最新鋭の人工知能搭載の男性型ロボットと『恋愛』を望む『女性』を募集中です」
「恋愛……?」
白衣の男が、ホワイトボードの『急募!』の文字の横に募集要項を書き出した。
・女子高生もしくは女子大学生(未成年者は保護者の同意書が必要)
・持病なし、健康
・明るい性格
・浜横市在中、もしくは通勤・通学中
「マジかこれ……」
ほけーと、募集要項を眺めていたら、今度はそのロボットという美少年が喋り出した。
「この動画をご覧かつ条件に合致する貴女。興味のある貴女は応募要項を入力の上、緑色の『応募』の文字をクリックしてね。採用の方のみ、こちらから後日ご連絡を差し上げます」
美少年ロボットがにこにこと笑いながら両手を振っていた。実に動きが滑らかで、人間としか思えない。
「声も涼やか……って、これ、ネタじゃないよね……?」
動画が止まって、少しばかり呆然としていたら、広げたままだった国語の資料集のページに『花も恥じらう』という言葉があったのが目に入った。
「ええと。慣用句。若く美しいさま。基本的には若い女性に使う……ね。美少年の形容だったら……。ああこれが、さっきの彼には似合うかな」
ミサキが指さしたのは『紅顔の美少年』の文字。意味するところは『若々しく生き生きとした、美しい少年のこと』だが……。
「ロボットに生き生きとしたっていうのもおかしいかー。えーと、他に似合いそうな形容、あるかなー」
ミサキは慣用句やことわざの表を眺めていった。
「へえ……。『傾国の美人』に『水の滴る』ねえ。んん? 『卵に目鼻』『鬼も十八番茶も出花』なんだこれー。変なのー」
こんな探し方なら、意味も頭に入ってきそうだな……などと考えながら。
「ま、面白おかしく勉強させてくれてありがとうということで」
ぽちぽちと、応募要項に氏名や年齢などを入力していった。そして、はっと気がついた。
「あ……。ダメじゃん。こんなに簡単に、ネットに名前とか住所とか入力ちゃ」
学校でネットリテラシーの授業を受けたばかりだった。
「『誤った情報や意図的な嘘なども多く、情報の真偽を判断し、正しいものを見極める能力が必要です』って、先生も言ってたけど……」
どうしても気になって、広告動画をもう一度再生してしまった。
「んー、やっぱり美少年顔。こんな男の子と恋愛できるなら……」
想像、いや、妄想が働き、ミサキは顔を赤くした。
「……ううう、おかーさーんっ!」
ミサキはまだ高校一年生。白衣の男がホワイトボードに書いていた通り、未成年者は保護者の同意が必要だ。
ミサキは、母親に相談するために、スマホをもって、自分の部屋からリビングへと向かったのだった。
***
「はあ? ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社が開発した最新鋭の人工知能を搭載したのヒューマン型ロボット……?」
リビングに向かえば、そこには食卓の上にノートパソコンを広げた母親のカエデが、バリバリと音を立てながら、せんべいを食べていた。
仕事中なのか、それとも休憩中なのか。
ミサキは、カエデの『あんた、テスト勉強中じゃないの?』という視線を無視して、スマホの画面を見せた。
「うん、これ、ネタかな? 吊り広告的なのとか? それとも……」
本物なのかな……? とは声には出せなかった。
カエデは、スマホを手に、動画を見ながら立ち上がった。書棚に向かい、何やら一冊の本を手に取った。
ミサキが「おかーさん、歩きスマホはダメっていつも言っているじゃん」と言う間もなく、その本を食卓において、ページを捲る。
「おかーさん、その本、何?」
「ああ、これ。『会社四季報』」
「かいしゃしきほう……?」
「そう。企業名、所在地、代表者名。それから業績、株価なんかが一覧にまとまっている雑誌。ここに会社が載っていれば、株式上場している企業ってことはわかるでしょ」
「へー……」
ふんふんと見れば、会社名やら株式のチャートらやが掲載されていた。
「株式投資に挑戦するなら、この雑誌を読み取れるようにならないとねー」
などとカエデは言うが、ミサキには羅列されている数字がなにを意味するのか全く分からない。
「で、ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社……だっけ?」
「うん」
「あ、あった」
「え? あるの?」
「所在地は……浜横市の西島高町……、代表電話番号が……」
カエデが開いたページには、確かに動画の企業名があった。しかも住所と電話番号も完全に一致している。
「ということは、この動画、マジってこと……?」
「百パーセントそうとは言い切れないけど。少なくともこのヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社っていうのは一部上場企業みたい」
「いちぶじょうじょう……って何?」
「ああ、簡単に言えば、資本金が十億円以上の大企業ね」
「十億ううううううっ⁉」
叫んでいる間に、今度はカエデはパソコンの検索画面にヒノマル・メカニカル・ワークスと入力した。
「へー。元々は医療用サポートロボットの研究をしたり、作ったりしている会社なのねぇ……」
パソコン画面に映っている企業のホームページには多くの写真が掲載されていた。
たとえば『医師の動作を再現できる手術支援ロボット』だ。
説明書きには『ロボットアームの先端の鉗子には多くの関節があり、人の手よりも自由自在に動く』とある。
それから『リハビリ支援ロボット』も。
ミサキも名前は知っている有名医科大学の医学部リハビリテーション学科と共同開発とまず書かれており、『患者や医療従事者の負担を減らしながら、効果的なリハビリの実現が期待できる』とあった。
「じゃ、じゃあ、この男の子。マジでロボット……?」
「人間型ロボットって、ヒューマノイドとかいうんだったけ? 違うかな?」
「ひゅーまのいど……」
なんだそれは。映画とかアニメの世界の話じゃないのか。
半ば呆然としていたら、カエデが何かを思いついたようににやりと笑った。
「で、ミサキ。あんた、コレに応募したいのね?」
「あ、うんうん。本物ならって……」
「ほうほう。ミサキちゃんももうカレシの一人や二人は欲しいお年頃なのかー」
「おかーさんっ!」
いやそうじゃなくって……と、否定したくなるが、カエデはにやにやするし、そもそものこの応募はロボットとの「恋愛」相手の募集なのだ。
ミサキの顔が、耳まで真っ赤になった。
「いいわよー、応募しても」
カエデがサラッと言う。
「えっ⁉ いいの?」
「ただし、学年末テスト、全教科平均点以上だったらねー」
「やったー」と飛び上がりそうだったミサキは、母親の「全教科平均点以上」の言葉にがっくりとうなだれた。
「ミサキは中学生のときは頑張って成績上げて、割と頭いい系の高校に入学できたのに。入学した後は気が抜けたのか、ずるずると成績落としちゃったからなー。ここらでちょっと本気出して頑張りな。このままだと二年生に進級できなくなっちゃうよー」
カエデのその言葉に「うにゃーっ!」と叫んだミサキだった。
そして、それなりに必死になって勉強して、結果はなんとか全教科平均点越え。
カエデはニコニコしながら、ミサキの前できちんと応募要項を入力し、応募ボタンをクリックして……。
そして、後日。
「あー、もしもし。相模原ミサキさんのお宅ですか? 私、ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社の朝比奈と申します。この度はご応募ありがとうございました。厳選なる選考の結果、一度、相模原ミサキさんと保護者の方に面談をさせていただきたいのですが……」という電話がかかってきたのだった。
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いつも書いている異世界恋愛・悪役令嬢とは異なる、少し未来のお話です。
「人工知能×青春小説」で、ど真ん中の恋愛ものを書くつもりです。
どうぞよろしくお願いします。
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