ストリートひな段

無頼 チャイ

ピアノ階段。

 三月に入って三日ぐらいだろうか、春の陽気と冬の寒さが入り混じるヘンテコな気温が続くのは。

 鼻水が出ても、それが風邪なのか花粉症なのか分からない。

 電車の中、排出される温風がふくらはぎを温めてくれることに感謝しながら、わたしは目的の駅に着くのを待った。

 電車の窓外は分厚いコンクリの壁に覆われていて、自分と周りの着ている服、広告の張り紙からしか季節が分からない状況になった。

 と言っても、季節の変わり目である。ファーコートを着込む人もいれば、半袖の人までいる。この車両の人物だけで、季節の多数決を服装だけで投票してみるのなら、冬と春は良い勝負をしそうだ。

 それか、寒さに強い学生が多くいる車両にお邪魔でもすれば、夏の投票数も中々にあるかもしれない。


「ハァ〜」


 深くため息を吐いた。

 仕事でもないのになんで遠出してるのだろうと。変な多数決に面白さを求めてしまうくらい、暇な時間を電車内で過ごした。

 電子レンジが突然壊れなければ、部屋の中でぬくぬくとやっていたのに。

 家電を扱う店が近場にないために、ちょっと発展した街まで向かう。

 通勤の際に通りがかる所に、そういえばあったなと、ぼぉーっとした頭で思って、何となくで目的地を決めて電車に乗り込んで、暖かい車内に極楽を多少なりとも味わいつつ、電子レンジくらいなら、もっと近場にあるんじゃない? と急に思考が加速しちゃって、あと少しで着く距離なのに、このピースはこの箇所にハマるんじゃないか? みたいな好奇心で、しなきゃいいのに自宅付近の家電量販店を検索しちまったものだから、時間を無駄にしてると判明した瞬間から、何やってるんだろうな、という気持ちが膨れるばかりだった。


「どうせだし、外食して帰ろうかな」


 でないと無駄ばかりが残りそうで、せっかくの休日なのだから、ちょっとでも良かったと言える日にしたかった。


 『間もなく〜――、お降りの際は〜……』


 車内アナウンスが目的地を知らせ、だるさが残る身体を強張らせて、電車が止まるのを待った。

 降りた駅はターミナル駅で、どの駅よりも巨大で、人の人数もとてつもなかった。

 私は改札を通り、隣接したビルに入ろうと左手に曲がり、長い階段を睨む。


 「出たな脚殺し」


 勝手に付けた名前だが、きっと共感してくれるはずだろう名前を口にしつつ、私は上ろうと歩み寄った。

 と、思ったが、一歩踏み出して止まる。


「あれ?」


 普段からよく見る階段。なんだか、どことなく雰囲気が違っていた。

 上りと下りを隔てる手すりが中央にあるのだけれど、右横の部分、その段が妙に白み掛かってる気がした。

 うん? と小首を傾げていると、後ろから黒パーカーの集団が妙な階段を上り始める。

 とその時、ようやっと違和感が分かった。黒パーカーの集団が上るたび、音がする。

 ピアノの音だった。


「ピアノ階段、いつの間に……」


 なんでこんなのが? と思ってる瞬間、弾けるようなリズムが流れた。

 階段の高い段に位置する所にいる黒パーカー2人がフードを脱ぎ捨てる。笑顔の男女2人がピアノ階段を軽快に、交互に踏みしめる。

 続いて下の3人が、素顔を晒す。3人の女性が思い思いのステップで上下段を踏み続け、リズミカルな曲調を奏でた。

 まるで懐かしい青い春、しかし新しい風。緊張っていつも春の香りがする。

 呆然と、階段の集団に視線を送っていると、またも、黒パーカーが階段に上る。

 5人組は男で、広い踊り場で本格的な踊りをしていた。それが何のダンスかは分からないけれど、キレがあるし息が合っている。


 これって、フラッシュモブだ。


 何かは分かった、でも、そんなのはどうでもいい。

 だって、目が離せない。


 心臓が高鳴る。やっと目が覚めたのか、目に映る光景がますます眩しい。

 鼻腔の奥が痺れ、そのたび、指先がドクンドクンと鼓動する。呼吸をするたび、冷たかった空気が熱気になって吐かれる。

 あれは通勤途中の脚殺しであって、ライブのステージなんかじゃない。

 はずだ。


 洗練されたダンスと軽快で明るい曲調。

 圧縮された酸素を一気に吹き付けられたような心地。何かが息を吹き返したように、私の中の何かが子供みたいにはしゃいで、もっともっとと胸の内側を叩く。

 パーカー集団は、より足を回し、クライマックスに向けて加速していく。待ち望んでいたような、来ないでほしかったような。でも、やっぱり見たいから、私は手を振って応援した。同じようにしてる人がいて、嬉しかった。

 クライマックスは全員が飛んで、床も段を踏みしめて、心地の良い音の余韻が響き渡った。


 拍手喝采。それにパーカー集団がお辞儀で応えた。


「……あ! そっか」


 パーカー集団の配置を見て、ずっと思ってた。


「今日ひなまつりじゃん!」


 思わず吹いて、また笑う。

 こんなキレッキレなひな人形いるわけないじゃん、と。

 パーカー集団が去った後の階段は、苦しくなかった。

 駆け上って振り向けば、良い景色だったから。

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