Ep.3 familia_5
何が起こっているかは分からないが、突如敵が行動不能になった。今まで翻弄されていた騎士たちはそれを好機と見た。彼らは急いでエリオットを取り囲むと、長い銀髪を引きちぎり、腹を蹴り、口に銃口をねじ込んだ。「うっ」とエリオットは呻き声を上げる。
騎士の一人がエリオットの前で膝を折り、耳元で囁いた。
「どんな手品師か知らないが、遊びは終わりだ、お嬢さん。己が犯した罪への罰を受け入れろ」
だが、騎士の忠告にエリオットはくすくすと喉を震わせた。騎士のこめかみがぴくりと上がる。
「貴様っ、何がおかしい!」
「だって面白いんだもの。これから魂を刈り取られる者たちが『罰を受け入れろ』ですって? 罰せられるのは、
「我々が罰せられる、だと?」
「ええ。そうでしょう、アドラ?」
そう言ってエリオットは空を見上げた。
崩れかけた廃ビルの上には、一本に編んだ長い赤髪を揺らす少女と、背の高い褐色肌の青年が二人。
アドラは傍らに立つ青年の肩を叩くと、勢いよく廃ビルから飛び降りた。
「行こうぜ、ズィヤード! 俺たちのお姫様を助けるぞ」
「ああ」
アドラに続き、ズィヤードと呼ばれた青年も地面に飛び込む。
二人は同時に着地すると、アドラは長身のサーベルを、ズィヤードは拳を突き出した。
「正義の味方、アドラ様の登場だぜ。来いよ、全員まとめてブチ殺してやる」
アドラはぺろりと舌なめずりをした。騎士たちはエリオットの包囲を止め、一斉にアドラの方へ振り返る。
「アドラだ! 今こそ分隊長様たちの敵討ちをするとき! 銃兵は援護に当たれ。盾を持っている者は前へ出ろ。私に続け!」
「うおおおおおおおおおっ」
一人の騎士を先頭に、隊列を組んだ騎士たちが突撃してくる。大盾を構えた重装兵の後ろには剣を構えた剣士が機を伺っている。加えて上から常に銃弾が降ってくるという、バランス取れた陣形だ。戦い慣れていないラヴィや双子はもちろん、エリオットの機動力を以てしても崩すのは難しいだろう。
だが、彼らの巧みな連携も、瞬きする頃には意味をなさないものとなっていた。
アドラの前に身を乗り出したズィヤードが、勢いよく足を上げて、強烈な蹴りを入れたからだ!
ドシャァッッッというけたたましい音が瓦礫に反響する。最前列の重装兵から援護射撃をしていた銃兵まで、まとめてズィヤードに吹っ飛ばされた兵士たちは、頭をコンクリートに強打すると、そのまま折り重なるようにして倒れた。陣形の一角が、えぐられたように不自然に欠けた。
人間離れしたズィヤードの身体能力に騎士たちは震え慄いた。しかし、ここで逃げ出す程彼らの忠義は弱くはなかった。すぐに陣形を立て直し、アドラたちを包囲しようと広がってゆく。
「ズィー、俺に合わせろ。背中は任せた」
「わかった」
紫色の目に黄金の瞳が映る。アドラとズィヤードは同時に地面を蹴った。
アドラがサーベルを振り回し、敵を次々になぎ倒す。一挙一動が大きいため隙が生まれるが、アドラの懐に潜り込もうとする輩はズィヤードが殴り飛ばした。ズィヤードはエリオットにも劣らない素早い身のこなしで敵の背後に回り、確実に顎を打ち砕く。仲間ごと貫こうとする凶弾がズィヤードを貫こうとしたら、すかさずアドラが躍り出て、サーベルで銃弾を跳ね返した。
一見ちぐはぐに見えて抜群のコンビネーションだ。
アドラは血まみれの手の甲で頬を拭うと、歯をむき出しにして笑った。
「やっぱお前と組むと楽しいなぁ、ズィー? お前もそうだろう?」
「かもな」
それから、全ての敵が肉塊になるまで三分もかからなかった。
「アドラ!」
残党の騎士との戦いが終わると、エリオットはついた血をハンカチで拭い、アドラに向かって手を振った。
「エリオ! そこにいたのか!」
エリオットの存在に気がつくと、アドラはそれまでの肉食獣のような獰猛さとは打って変わって、飼い主を見つけた大型犬のように目を輝かせた。エリオットの元に駆け寄るり、頭から足まで、ぺたぺたと彼女の体を触っていく。
「うん、どこも怪我してなさそうだな。お前が無事でよかった」
「心配しすぎよ。でも、あなたが来てくれなかったらきっと死んでいたわ。ありがとう」
「エリオがちゃんと連絡してくれたからな。ぶっ飛ばしてきたぜ」
そう言って、アドラはポケットから携帯端末を取り出した。メッセージアプリのアイコンをタップし、画面を突きつける。そこには「助けて」と言うメッセージと共に、空から撮影された一枚の写真が添付されていた。双子を助ける前にエリオットが撮ったものだ。
「本当にお前は大した奴だぜ。俺たちが来るまでラヴィたちを守ってくれたんだろ?」
アドラは遠くを見つめた。視線を辿ってみれば、そこには顔を青くして地面に座り込むラヴィと、彼を介抱するズィヤード。そして、心配そうにラヴィを覗き込む双子の姿があった。
「ラヴィのやつ、あんなに偉そうにしておきながら実はすごく強がりなんだよ。血だって苦手で、昔は俺が指を切ったのを見るだけで卒倒していた。そのくせ見栄っ張りだからすぐに無茶してさ。だから、あんたがいてくれて救われたんじゃねーの」
アドラは目を細めて笑った。つられてエリオットも「そうだといいわ」と長いまつ毛を下ろした。
ゆっくりと瞼を開け、ぐるりと先ほどまで人間だったものが飛び散った工場の跡地を見渡す。
そのとき、不意に紫色の瞳と目があった。ラヴィだ。
「ラヴィ?」
エリオットは訝し気に首を傾げた。
「あ、あのさ!」
ラヴィはズィヤードの肩を借りながらゆっくりと立ち上がった。不思議がるズィヤードに首を振って、そのままゆらゆらとふらつきながらも、こちらに向かって歩いてくる。
エリオットの前に立つと、ラヴィは自分より一回り背の高い彼女を見上げた。ズボンの裾をぎゅっと握って、わなわなと唇を動かす。そして、意を決したように一言。
「アバズレとか、ビッチとか、ひどいことを言ってごめんなさいっ!」
ラヴィは勢いよく頭を下げた。
「あんたは命の恩人だ。もう他人とかよそ者って言わない。あんたも家族だ。それに俺を庇ってくれた時、すごくカッコよかった。だからその、えっと、俺も! お前のこと、エリオって呼んでいいか……?」
エリオットはラヴィの背の高さまで膝を曲げて、もじもじと両手を擦り合わせるラヴィを覗き込んだ。ラヴィの顔は耳元まで真っ赤になっていた。きっと彼の体は全身が沸騰しそうなくらい熱いだろう。
エリオットは目を細めてはにかんだ。拒む理由など無かった。
「ええ。もちろん。やっと名前で呼んでくれたのね。ふふっ、嬉しいわ」
「馬鹿っ。触るな!」
柔らかな赤毛を撫でるエリオットの手を跳ねのけて、ラヴィは頬を膨らます。
そんな弟の年相応な姿に、アドラはにやにやと目を細めた。
「良かったな、ラヴィ。もう一人お姉ちゃんが出来たな」
「は? 俺の姉さんはアドラ姉さんだけでいいし」
「あら残念。私はお姉さんになれないのかしら」
「当り前だろ。俺は姉さんと十四年の付き合いがある。ぽっと出の女に姉面されても困るだろ」
ラヴィはびしっと人差し指を向けた。妙に説得力がある「姉」へのこだわりがおかしくて、笑いがこみあげてくる。エリオットは腹を抱えてケラケラと笑った。次いで、アドラもゲラゲラと声を上げる。
血と硝煙の臭いが入り混じった四番街に明るい声が響きわたる。エリオットはこの楽しい時間が永遠に続けばいいと、心からそう願った。
しかし、エリオットの無垢なる願いが叶うことはついぞ無かった。
今からちょうど一か月後の西暦2159年、5月。
アドラは死んだのだ。
これは、エリオットがアドラを殺すまでの物語である。
エリオシェード・ソネミヤーデ 唯野木めい@自主企画開催/コメント返信遅 @Mei_tadanogi
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