Ep.3 familia_1

 エリオットが月喰に入団してから二週間が経った。月喰に入るまで家畜のように狭い部屋に閉じ込められるか、気味が悪いほど絢爛な調度品に囲まれるかの二択だったエリオットは、内心この家庭的な空間に溶け込めるか緊張していた。しかし、その心配も杞憂であった。月喰の団員たちはエリオットが想像するよりも純粋で、友好的であった。彼らが地上で大犯罪を犯したことを忘れてしまうほどに。

 そして、彼らの温かな雰囲気がエリオットの警戒心を幾ばくか解いたのだろう。エリオットは廃教会で暮らしていたときに比べて笑うようになった。


「エリオ! そっちは終わったか?」


吊り目の男は、倉庫の扉を閉めるとエリオットのいる方へ振り返った。


「ええ。スイッチは押したわ。あとは二時間待つだけね」


エリオットはふうっと息を吐き、長い銀髪をかき上げる。男はゴウンゴウンと唸り声を上げる洗濯機に肘をつき、にやりと笑った。


「それにしても魂の洗濯をしていたアンタが今度は衣服の洗濯とはな。アドラもなかなかシャレが聞いてるぜ」

「揶揄わないで。魂の洗濯はただのカウンセリングだって言ったでしょう?」


男の言葉にエリオットは困った風に目を細めた。男は「悪い悪い」と頭を掻く。


「でもさ、俺、正直に言ってその魂の洗濯とやらが気になっているんだ。受けた奴の話によれば心が軽くなるんだろう?」

「人によるわ。そんなことを聞くなんてあなたも罪を赦されたいの?」

「そんなとこ」


プシュっとプルタブを開ける音がする。男は極彩色のソーダを一気に飲み干し、空き缶をゴミ箱に投げ捨てた。

 単調な機械の唸る音がランドリーを満たす。エリオットは何をするわけでもなく、ただ、ぼうっと天井を見つめていた。彼女の長くカールしたまつ毛と、真っ赤なルージュが塗られた唇は艶やかだが、どこか憂いを孕んでいた。男はそんな整った横顔を盗み見て、生唾を飲み込んだ。脈打つ鼓動の音がエリオットに聞こえないか心配だ。


「なあ、エリオット。今度さ――」


俺にも魂の洗濯をしてくれないか。そう、口説こうとしたときだ。


 「そこの二人。抜け駆けはよくねーぞ」

「アイルも見過ごせません。エリオねえさまはみんなのねえさまなんです~っ!」


突如甲高い声がしたかと思うと、頭上に影が覆い被さった。「この声は」とエリオットが振り返ると、一階に繋がる階段の上にはキースとアイルが立っていた。今日、二人は非番だったはずだ。なぜここにいるのだろう。


「エリオねえさまが洗濯当番だったとき、彼がい~っつもお手伝いすると言うから怪しいと思ってたんです~。それでついてきたらこれですよ、これ! あなたばっかりずるいです」

「だ、そうだ。お前、エリオに気があるんだろ? 鼻の下伸びてたもんなあ?」


キースは男を指さし、にやにやと目を細める。男の顔はみるみるうちに湯気が出そうなくらい真っ赤になった。鼻息を荒くし、階段を駆け上がる。


「う、うるせえクソガキ共っ! すすす好きで悪いかっ!」

「別に。たけど無謀な勝負を挑むんだなって」

「無謀?」

「お前、エリオがアドラにキスしたこと忘れたの? あれ見てんならエリオはアドラの女だってわかるだろ。なあ、エリオ?」


キースは顎を突き出した。話を振られて、反射的にエリオットは頷く。


「ええ。そうね。アドラのことは好きよ」


今はまだ友愛として、だけれど。あからさまにがっかりと項垂れる男に、エリオットは追い打ちをかけた。彼には悪いが、地下最下層にまで来て男と戯れるつもりはなかったからだ。


「それよりも二人とも、ただ私が心配だったからついてきたという訳ではないのでしょう? アドラから伝言でも貰ったのかしら?」

「おっ。正解」

「アドラねえさまがエリオねえさまに配給を頼みたいそうです。そして、そのお供にキースとアイルが選ばれたのです~。なので、お迎えにあがりました!」

「配給?」


不思議そうに首を捻るエリオットに、キースは階段の上を指さした。


「姐さんはヴァイマリに住むすべての人を救いたがってるんだ。ま、詳しくは本人から聞こうぜ」

「ほらほら、行きましょう~」


アイルはエリオットの手首を掴み、キースは背中を押した。毎日半ば強制的に双子の腕白行為に付き合わされているエリオットは、とうに抵抗することをあきらめていた。

 地下に残された男は、洗濯機に体重を預けて、差し込む電灯の光をぼんやりと眺めた。


「俺の初恋、あっさり流されたなあ……」

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