第4話 おかしな出来事

 アキトは茫然と自分のカードを見た後で近くで見ていた菅野と松原に声を掛けるのが聞こえて来た。


「悪いが後で必ず返すから1万でいいから現金に換えてそこらに捨ててくれないか? それだったら恵んだ事にならないだろ」


 見るからに気が弱そうな菅野は自分のカードを取り出している。


「現金ですか、方法は分かりますけど……」


 ポケットの中に入っていた小袋の中にカードを入れて頭に思い浮かべれば現金が出て来るそうなのだが、知っているからと言って今はやるべきではない。関わりたくはないがこのままだと菅野もペナルティを貰ってしまうかも知れないので止めようとするとその前に松原が菅野の腕を掴んだ。


「止めなよ、そんな事をしたら同じになるかもよ」

「えっ、そうなの」

「少しは考えなって」


 おどおどしながら菅野がカードをしまうのを見たアキトは苦々しそうに松原を睨んだ。


「余計な事を言いやがって、後で覚えてろよ」


 睨みつけながら松原に近づくアキトの背中に声を震わせながら東が言い出す。


「い、いい加減にして下さい。全部あなたが、わ、悪いんだ。反省すればいいじゃないか」


 振り向いたアキトの目を見る事が出来ずに下を向いてしまっていると、今度は東の方に近づいた。


 もう少し言い方を考えろよな、アキトは一般人に見えないだろうに。


 見るからに切れているのでペナルティをいとわずにまた殴りつけると思ったので、せめて止めようと動き出すと内藤が俺の肩を掴んできた。


「心配はいらないよ、もしかしたら面白い事が起きるかもしれない」

「そんな事言っている……分かりました。見ていればいいんですね」

「あぁそうだね」


 内藤は両手を上げて他の参加者にも動かないように合図を送りながら小声で『大丈夫だから動かないで』と言っている。その声はアキトにも届いているはずだが頭に血が登っているアキトにはその声は通り過ぎていた。


 そしてアキトは東の顔とくっ付きそうなぐらいに近づくと、唾を掛けながら低い声で脅しを入れる。


「偉そうに言いやがって、コロ……クソッ」


 少しは理性が残っていたのか手を出そうとしないかったし、『殺す』と言うはずだった言葉も飲み込んだようだ。


 やはりこれ以上ペナルティを貰いたくないよな、だから見ていても大丈夫なのか。


 これ以上の事は起こらないと思ったが、驚いたことに東が挑発を始めた。


「殴りたいなら殴れば良いじゃないか、こっちが許すんだから問題はないはずだ」

「ああん? 本当にいいのか、いいか俺は好きで殴るんじゃねぇぞ」

「分かってる。こっちが良いって言ってるんだ」


 東は頭がおかしくなったのか、顔を歪めて震えながら言っている。両手は変な方向に伸ばして力を入れているので不格好でしかなかった。


 何してるんだよ。こんなのどうすりゃいいんだ。


「遠慮しねぇがいいんだな」

「この世界の秘密を少し教えてあげるさ、いいから思いきり殴れば分かるさ」


 馬鹿にしたように鼻で笑ったアキトはまるでパンチングマシーンに殴りかかるように距離を取ってから東を殴りつけた。

 

 どう考えても東が吹き飛ぶ姿を見てしまうと思ったが、想像とは違って東はほんの少ししか動かないし、殴ったアキトはその手を抱えながら蹲っている。


「がががががががっ、てめぇ何をしやがった。拳が割れちまったじゃねぇか」

「ふぉ~ふぉ~」


 アキトは痛みで顔を歪めながら見上げるが、東は興奮しているかのように顔を赤く染めながら鼻息を荒くしてただ真っすぐ前を見ている。


 その様子を他の参加者達は驚いたように見ているし、俺も驚きを隠す事が出来ない。そのまま顔を横に向けるとそこには満足気な顔をした内藤がいた。


「これはどう言う事ですか」

「さっきよりも良いじゃないか、そうだね、みんなの前で話そうか」



~~~



 内藤は痛みで悶えているアキトを無視してその場から離れた場所に参加者を集めると意気揚々と話し始めた。


「最初から説明するとだね…………そしてこれからが重要なんだが、続きは本人の口から言って貰おうかな」


 内藤が東の肩を叩くとおどおどしながら周りをみ始め、小さな声であったが話始めた。


「僕はあの人に殴られた時は経験した事が無い痛みで倒れてしまったんだけど、蹴られた時は全く痛みを感じなくなったんだ」


「その脂肪が吸収してたんですか」

「静かにして下さい」


 内藤が注意すると余計な事を言ったリクは素直に頭を下げた。そしてまた東が話し出す。


「僕は意味が分からなかったんだけど、よく考えたら……」


 倒れてからは身体に力を入れていたそうだが、それが原因かも知れないと思いついたらしい。それで近づいて来た内藤に話すと、それがカードに書かれている【体】の能力では無いかと思ったそうだ。


 呆気に取られて聞いていると、再び内藤が話し始めた。


「私は物理攻撃が効かないだけかと思ったが、どうやら硬質化出来るようだね、だからアキト君は鉄でも殴ったように思えたんじゃないかな」


 その話を聞いたリクは立ち上がると自分のカードを周りに見せ始めた。


「それじゃ僕の能力は何かな」


 俺はこの雰囲気に流されたのか思わず大人として恥ずかしい事を言ってしまう。


「土だろ、もしかしたら土属性の魔法が使えるんじゃないか」


 直ぐにシオリが俺の発言を馬鹿にしてくる。


「あんたは何馬鹿なこと言ってんのよ、魔法って、ねぇ」


「いや、あながち間違ってないかも知れないな、そもそも東君のそれだってありえないだろ、そうだよなみんな」


 すぐさま内藤がフォローしてくれると参加者達は次々に賛同し始める。


 俺が最初に言ったのにな、年長者だとこうも説得力が違うのかよ。

 


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る