常冬の終わった世界でAIロリと世界再建

ギンソウ

第1話 逃走

「逃すな、捕らえろ!」


 鉱山の中に響く声。その声に弾かれるようにジェノが走り出せば、そんな彼を追うように制服姿の複数人の憲兵の男達が彼を追って鉱道を走り出す。


 土塊の転がる足場の悪い道を照らすのは彼が手に持つランプのみ、その光を追うように更に幾つものライトを持った男達の足音が鉱山内に響き渡る。


「クソっ! あの警備員、俺の事を売りやがったな」


 毒づきながら走るジェノ。ボサボサの黒髪を振り乱すように走る彼の全身は土埃で汚れている。ここ鉱山都市の黒岩学院で与えられる制服を着てはいるものの、その有り様は酷い。


 しかし、そんな彼は逃げながら鉱車に辿り着くと、追っ手に追いつかれる前に手早く起動スイッチを立ち上げた。


 見た目にはトロッコ同然の鉱車はもう何十年も前から動かなくなっていたがジェノの操作によって息を吹き返したかのように、前方のライトが点灯すると、同時に内部のモニターにスタンバイの文字が浮き出た。


 瞬間、鉱山内に鉱車の駆動音が鳴り響き、ジェノがロックを外せば、鉱山内に引かれたレールの上で車体が浮きあがって滑り出し、徐々にスピードを上げていく。


「鉱車はもう起動しないんじゃ無かったのか?」

「わかりません。何かしらの修理を施したとしか!」

「貴重なロストテクノロジーだが構わん、何としても捕らえろ!」


 ジェノを乗せた鉱車の起動に武装した憲兵達が驚きの声を上げる中。ジェノは追っての男達を見て口元を緩める。


 彼をこの黒岩城に留める為に何人もの男達が後を追い、時折鉱車に向かって発砲もしているが、鋼鉄製の車両は鉛玉が当たってもその動きを止めることはない。


「ざまーみろ! それじゃあな、マヌケな憲兵共!」


 ケラケラと哄笑を響かせるジェノを乗せて走り出した鉱車。スピードは加速度的に上がり、完全に追っ手を振り切るとより鉱山の外へと続く道を走り始める。


 鉱車を隠していた真っ暗だった洞窟を抜けて鉱山の外へと鉱車が出れば、ジェノが目にしたのは分厚く広がる灰色の雲。そして横殴りの吹雪だ。


 その中を鉱車は降り注ぐ雪をものともせずに走り続け、鉱車に乗るジェノはボサボサの髪を風に靡かせながらゴーグルをつけて、鉱車の行く先へと目を向ける。


 屋根も無い鉱車の上は凍えるような寒さだったが、しかしジェノはキラキラと瞳を輝かせていた。きっとこの鉱車が、彼がまだ見たことの無い外の世界へと連れて行ってくれると信じていたからだ。


 凍てつく凍土と滅んだ文明の遺跡が残る外の世界へと……。




 今から百年前のこと――、ジェノの住むこの星の文明は一度滅んだ。その理由は大災害だと伝えられており、その災害の結果、世界中の気温が急激に低下し、世界の人口は全盛期の1%未満にまで減少していた。


 殆どの科学技術は人口の減少と共に失われ、生き残った人々は寒さをしのげる地下へ、鉱山の近くに新しく築かれた鉱山都市に集まり、石炭などの化石燃料を採掘することによって命を繋ぐことになった。


 そしてジェノもその生き残った人達の中の一人。鉱山都市・黒岩城の黒岩学院に所属する生徒の一人だ。


 もっとも、学院とは名ばかりで、文字の読み書きといった基礎的な教育すら施されてはおらず、その実情は石炭の採掘にかり出されるか、温室の中で育つ食料としてのジャガイモなどの栽培をさせられることが殆ど。


 教育を受けるのはほんの一部の才能があると認められた学生や、両親が富裕層で学院に対してコネのある子供だけ。


 ほんの一握りに生徒達が「機械クラス」へと配属され、人類の存続の為に役に立つ技術を学ぶことができるようになっていた。


 しかし、ジェノは才能があると認められた訳でも無く、平民出身の為に学院に対してコネも持っていない。


 事実、ジェノ自身ももう十七歳になるのだが、学院では殆ど勉強を教えて貰ったことなど無かった。


 それでも彼が文字の読み書きや、基礎的な科学技術を学び、鉱車の起動に成功したのは父親によって教えられた基礎的な知識と彼のたゆまぬ努力。そして外の世界を見たいという執念の為せる技だろう。


(このレールの先にきっと外の世界が……)


 希望を胸に鉱車から身を乗り出す程に行く手を見るジェノ。しかし、ジェノは同時に不安も覚えていた。


 外の世界を目指すことは随分と前から決めていたし、その為の旅の準備も進めていた。


 鉱山都市の警備員に対して嗜好品としては人気の高い自作の煙草を賄賂として渡し、入念に準備をしていたのだ。


 しかし、そんな彼の計画は既に頓挫していた。


 おそらくは賄賂を渡した警備員が、ジェノが黒岩学院から逃げようとしていると告発したのだろう。そうでなければ、こんなにも早く追っ手が差し向けられることなど考えられない。


 そしてジェノの最大の失敗は長い時間をかけて準備をした資材や防寒具としてのコートなど、殆どを置いてきてしまったことだろう。


 鉱車の中には最低限の食糧しか無く、最初は外の世界に希望を見ていたジェノも屋根も無い鉱車の中に吹き込んでくる風に体温を奪われ、程なくして寒さで身体をガチガチと震わせ、そして意識すら失いそうになっていた。


「嘘だろ……」


 その上、やはりジェノの技術不足だったのか、鉱車が山脈の途中で止まってしまったのだ。浮き上がっていた車体はレールの上に着地し、点灯していたライトすらも消えている。


 せめて防寒具があれば修理する体力はあったかもしれない。しかし、ジェノにはもう鉱車を修理することもできない。このままジェノは凍死してしまうことすら覚悟する。


(ごめん、父さん……。俺……外に行くことはできないかも……)


 既に亡くなっている父親の事を考えながら、瞼が落ちていく。しかし、そんな時だった――、


「やっぱり誰かいるみたいです」


 不意に聞こえたのは誰かの声。


(まさか憲兵が……?)


 朦朧とする意識では声の主が誰かを見ることもできない。そしてジェノは誰かに担がれた事を理解しながら、意識を手放してしまったのだった。

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