001:文学少女とロボットJK

1-1

 それは唐突とうとつに起きた。


 静かな放課後ほうかごの図書室で、初対面の女子にファーストキスをうばわれてしまったのだ。


 けれど、そんなのはまだまだじょくちに過ぎなかった。この事件をきっかけに、アブノーマルな高校生活がまくを開けてしまったのである。本当に、どうしてこんなことになってしまったんだろう――



   *****



 秋月あきづき綾世あやせには友達がいない。


 十五歳の高校一年生。セーラー服を着て、長い髪をみおさげにした、美人めな顔立ちの女の子。クラスメイトから『孤高ここうの文学少女』なんてあだ名で呼ばれている、学年でもトップクラスに成績せいせき優秀ゆうしゅうな女子生徒――それが秋月あきづき綾世あやせだ。


 そして、友達がいない。


 綾世あやせには、他人との正しい接し方がわからなかった。綾世あやせ趣味しゅみは読書なので、キャピついたクラスメイト達とは確実に話があわないのである。楽しく会話できる自信は全くないし、会話したところでつまらない人間あつかいされてきらわれてしまうに決まっている。


 そんなふうに思われるくらいなら、一人でいるほうが断然だんぜんいい。べつに友達がいなくてもくやしくなんてない。一人でいるのが好きだから、これでいいのだ。


 現在、綾世あやせは静かな図書室で読書をしている。


 放課後ほうかごの図書室は、この世でもっとも平和な場所のひとつだ。窓からはおだやかな午後の光がさしこみ、本棚ほんだなにかこまれた静かな空間をやさしく照らしている。


 授業がおわると、綾世あやせはいつもここに来る。いろいろな本が読み放題ほうだいだし、なにより人がほとんどいない。こうして誰にも邪魔じゃまされず、ひとりで静かに――


「あーきづーきさんっ!」


「ひぁぅ!?!?」


 いきなり後ろから両肩をたたかれ、綾世あやせ悲鳴ひめいをあげて三センチくらい飛びあがった。


「えへへ。へんな声だしてかわいいね!」


 綾世あやせがおそるおそるかえると、そこにいたのは楽しげに笑うセーラー服の女子生徒だった。青っぽい銀髪ぎんぱつをツインテールにして、青いひとみをきらきらさせた、愛らしい顔立ちの女の子だ。人種じんしゅはまったく不明で、とても可愛いこと以外はなにもわからない。


 そんな綾世あやせをよそに、


「うわさどおりの『孤高ここうの文学少女』だね! 図書室でもくもくと本を読む、みセーラー服の美少女。めっちゃ絵になるなあ」


 なんて、銀髪ぎんぱつ碧眼へきがんの女子は勝手に感心していた。


「だ、だれですか?」


 まだばくばくしている心臓を深呼吸しんこきゅうでおちつかせながら、綾世あやせが聞いた。


「敬語じゃなくていいよ。わたしたち同じクラスになるから!」

 

 そう言って、銀髪ぎんぱつの女子は自己紹介をした。


「明日、一年B組に転入予定の才華さいばなねおんです! よろしくね!」


 どうやら彼女は転校生で、明日から綾世あやせのクラスメイトになるらしい。それにしても、『ねおん』だなんて変な名前だ。銀髪ぎんぱつ碧眼へきがんという外見も普通じゃないし、一体何者なんだろう。


 しかし、綾世あやせがなにか質問する前に、ねおんは椅子いすをひっぱりだしてこう言った。


「となり座るね!」


「え、なんで」


 綾世あやせの言葉など聞こえなかったかのように、ねおんはにこにこ笑顔でその椅子いすに座った。


 ――すごく近い。近すぎる。


 ねおんは綾世あやせのほんの五センチ横に座っていて、ちょっと足を動かせばはだってしまう距離きょりだった。こんなの絶対におかしい。初対面の距離感じゃない。


「近すぎだからもっとはなれて」


「べつにいいじゃん、仲良くしよ?」


「やだ。離れて」


 まゆをひそめた綾世あやせにかまわず、ねおんはさらにぐいっと身体を寄せて、綾世が読んでいた本をのぞきこんできた。


「なに読んでるの? わ、なにこれ~」


 なんなんだ、このれしい女子は。あまりに距離感がおかしすぎる。それとも、綾世あやせが知らないだけで、女の子同士ならこういうのが普通なんだろうか。


「なになに……『ねじまき少女』? 難しそうなの読んでるね。どんなお話なの?」


 ねおんが無邪気むじゃきに質問してくる。


 こういう質問は、普通に答えたらダメなのだ。『これは未来のタイを舞台にいろんな登場人物がトラブルに巻き込まれていくお話で……』なんて説明をしても面白いわけがない。会話が盛り上がらなくて、変に気まずい空気を作っておしまいだろう。


「な、なんでもいいでしょ! いいから離れてよ」


 綾世あやせが言うと、ねおんは本から顔をあげて別の質問をしてきた。


秋月あきづきさんは毎日ここに来てるの?」


「そうだけど……」


「『ぼっち』ってやつだね!」


「は?」


 にこにこ笑顔のねおんに、まなじりをげた綾世あやせが言い返した。


「ぼっちじゃない」


「でも、ずっと一人で読書してるんだよね?」


「うん」


「たまには友達と遊びに行ったりもする?」


「それはしないけど……」


「じゃあ、『ぼっち』だね!」


「……なんでそんなひどいこと言うの? 初対面しょたいめんなのに」


 ちょっとだけ涙目なみだめになった綾世あやせ抗議こうぎすると、


「やっぱり友達ほしい? それともいらない?」


 なんて、ねおんが笑顔で聞いてきた。


「いらない。もうほっといてよ。はやくどっかいって」


 半泣きの綾世あやせがそう答えると、ねおんは得意とくいげな顔でうなずいた。


「おっけー! では、わたしが友達になってあげましょう!」


「ねえ話聞いてた?」


「これからは『あやせ』って呼ぶね。あ、わたしのことは『ねおん』って呼んでね!」


 ダメだ。このハッピーブルーはまったく人の話を聞いていない。綾世あやせはこういう話の通じないタイプが一番苦手だった。


「帰る」


 綾世あやせがそう言って立ち上がろうとすると、ねおんはあわてた様子で「わー、まってまって!」と言いながらわちゃわちゃ両手を動かした。


「いっぱいしゃべりすぎちゃったかも。ごめんね……?」


 ねおんが申し訳なさそうにあやまってくる。さすがの彼女でも、綾世あやせ不機嫌ふきげんなのはギリギリ理解できたらしい。


「わかったならどっかいって」


「仲良くしようよ~」


「やだ」


「でも、あやせに言わなきゃいけないことがあってぇ……」


 まゆをハの字にして、ねおんが困ったように両手の人差し指をつきあわせている。それがあまりにも悲しそうな表情だったので、綾世あやせは思わず返事をしてしまった。


「……言わなきゃいけないことって、なに?」


 すると、ねおんはぱあっと表情を明るくして、綾世あやせにずいと身体を近づけてきた。そしてこんなことを言い出したのだ。


「わたしはね、あやせを『保護ほご』しにきたんだよ」


「はい?」


 綾世あやせが聞き返すと、ねおんはそのままの表情で説明を続けた。


「だからね、この椚木くぬぎ市の第一義的現実プライム・リアリティのはざまに侵食型しんしょくがた異方いほう領域りょういき急速きゅうそく定着ていちゃくしつつあって、あやせはその領域と相性あいしょうのいい特異点シンギュラリティだから、このままだと今日明日にはそこにとらわれちゃうんだよ。それで、領域には事象体捕食者エンティティ・イーターネフィリムがたくさんいるから――」


「待って、やめて! しゃべるのやめて! いきなりなんなの?」


 ねおんが説明した内容はほとんど理解できなかった。わかったことといえば、才華さいばなねおんが怪しげな電波を受信している頭のおかしな女子かもしれないということだけだ。


「ちょっと難しかった? どこがわかんなかった?」


「どことかじゃない。全部」


「そっかー。ん~……」


 数秒考え込んでいたねおんは、パッと顔をあげて説明を再開した。


「あやせはね、めずらしい力を持った特別な存在なんだよ」


「えっ……」


 そう言われた瞬間しゅんかん、自宅の押し入れに封印ふういんした中学時代の自作小説のことを思いだした。ラノベや漫画、アニメが大好きだったあのころ、綾世あやせは自分を主人公にしたファンタジー小説を書いていたのだ。自分には特別な才能があると勘違かんちがいしていた中学時代は、思い出すたびに死にたくなる黒歴史くろれきしだ。


「うぐぅ……! せっかく忘れかけてたのに~~っ!」


 急に頭をかかえた綾世あやせを見て、ねおんは「だいじょうぶ!?」と目をまるくした。


「髪ぐしゃぐしゃだよ? 直してあげよっか?」


「やめて、ほっといて……」


 ねおんのもうことわり、スマホのインカメを使って髪型を整えながら綾世あやせが聞く。


「……結局なんなの?」


「この椚木くぬぎ市の第一義的現実プライム・リアリティのはざまに侵食型しんしょくがた異方いほう領域りょういきが急速に定――」


「それはもういいから!」


 綾世あやせがあわてて制止すると、ねおんはまんまるの目をぱちくりさせて「そっか」と言った。そして、彼女は自分のスクールバッグをごそごそとあさり、黒光りする拳銃けんじゅうのような物体を取りだしてテーブルに置いた。


「え、なにそれ」


「これはね、小型イオンライフルだよ」


「小型イオンライフル……?」


 怪訝けげんな表情をした綾世にかまわず、ねおんはヘンテコな物体を次から次へとバッグから取り出していった。球体のようなもの、ごてごてした直方体、何に使うかもわからない機器きき、消しゴムくらいのサイズの人形――とにかくいろいろなものがテーブルに並んでいく。


「なになになに!? ちょっと待ってよ、何個あるの!?」


「まだ十個くらいあるよ」


「もういい! わかったから! もう出さないでいいっ」


 綾世あやせがねおんの手を押さえると、彼女はしょぼんとした笑顔で見返してきた。


「別にこわくないよ?」


「ほんとになんなの、これ」


「これはね――」


 そう言いかけたとき、ねおんがハッとしたように顔をあげた。


「やば、誰かくる!」


 彼女が言ったのとほぼ同時くらいに、本棚ほんだなの向こうから誰かの足音が聞こえてきた。ねおんはあわてて立ち上がり、机に並べた物品ぶっぴんたちをしまいはじめる。


「おねがい、手伝って~!」


 ねおんが球体をスクールバッグに放り込みながら綾世あやせ懇願こんがんした。もし先生に見られたら没収ぼっしゅうされるだろうし、かくしたい気持ちはわかる。しかし、どう考えても手遅ておくれだ。足音はすぐそこまでせまってきている。


 とりあえず謎の直方体を手に取ると、ねおんがスクールバッグの口を大きく開けた。


「あやせっ、それ早くしまって! あーだめだ時間ない!」


「そもそもこんなの持ってくる方が――」


 言っている途中とちゅうで、綾世あやせ両肩りょうかたをつかまれてねおんの方を向かされた。彼女はそのままずいっと顔を近づけてくる。近くで見ると、ねおんはとんでもない美少女だった。まんまるの青いひとみは大きく、輪郭りんかくやわらかくて、まるで天使のような可愛さだ。


 そんな彼女の顔が間近まぢかにせまって、


「――はぷ!?」


 しゃべっていた綾世あやせの口を、ねおんの口がふさいでいた。


 やわらかい。それがファーストキスの感想だった。ねおんの柔らかいくちびるがむぎゅっと押しつけられ、開いていた綾世あやせの口をむりやり閉じさせようとする。


「ん~……っ!? んぅ~……」


 ふたりの口がいっしょに動いて、熱い吐息といきがまざりあう。心臓しんぞうの音がどんどん大きくなり、頭に熱が上ってぼうっとしてくる。なんだこれ。意味がわからない。


『――えっ!? あ、ごっ、ごめんなさいっ!』


 遠くからそんな声が聞こえてきて、ぱたぱたと走り去る音がした。本棚ほんだなからこちらに向かって来ようとした誰かが、あわてて戻っていったんだろう。


 その反応も当然だ。


 人気のない放課後ほうかご図書室としょしつで、二人っきりで、女の子同士がキスをしていたら、誰だってびっくりする。そうしている本人すらびっくりしているくらいだ。


「――ぷは」


 気付けば、ねおんは綾世あやせから顔をはなしていた。


「すごいのを見せて帰ってもらう作戦、うまくいったかな」


 少し顔を赤くしたねおんが言った。綾世あやせはそんな彼女の顔をぽけーっと見上げている。まだ心臓しんぞうがどきどきうるさくて、まともな思考が働いていない。


 そんな綾世あやせを見て、顔が赤いままのねおんがあやまってきた。


「ごめんね、これしか思いつかなくて! もしかして、ちゅーするのはじめてだった?」


 その質問に、綾世あやせはこくりとうなずいた。すると、ねおんはとりつくろうような笑顔を浮かべ、意味不明なことを言い出した。


「でも安心して。わたしならノーカンだよ! 練習だと思ってくれればいいからっ」


「……は?」


「だからね、えっと……!」


 必死に弁解べんかいしようとしているねおんを見て思う。


 ――わかった。この子はとんでもないバカなんだ。


 今のは、しゃべっている綾世あやせだまらせつつ、ねおんのヘンテコな物品から注意をらすための行動だったんだろう。しかし、その代わりに『秋月あきづき綾世あやせが図書室で銀髪ぎんぱつの女子とキスをしていた』という異常いじょう光景こうけい目撃もくげきされてしまうことは考えなかったのだろうか。


 だいたい、本棚ほんだなから出てきたのがもし先生だったら、持ち物を没収ぼっしゅうされたうえに『校内でキスをするな』などという究極きゅうきょくずかしいお説教せっきょうをくらっていたに違いない。


 というかそもそも、綾世あやせにだってファーストキスの相手を選ぶ権利くらいはある!


「帰る」


 綾世あやせはすぐに立ち上がり、家に帰る準備をしはじめた。この子とは絶対に仲良くなれない。というか仲良くなりたくない。


「あやせ、怒ってる? やっぱりちゅーするのやだった?」


「別に。バカなのかなって思っただけ」


「え!?」


 綾世あやせが荷物をまとめているあいだ、ねおんは「ばっ、ばかじゃないし! ちょっとネジがゆるんでただけ!」などとなぞ弁解べんかいをしていた。


 そんなハッピーブルーを置いて歩き出すと、後ろから声がかけられた。


「そのまま帰るのは危ないよ! 送ってあげようか?」


「大丈夫! 絶対ついてこないで!」


 綾世あやせ即答そくとうすると、ねおんは「うーん……わかった!」と返事をした。そして、図書室を出ようとする綾世あやせに手をふりながら、こう言った。


「わたしも、用意はしておくね」



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〈近況ノートにてイラストを公開中です〉

・秋月綾世

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818622170559338148


・才華ねおん

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818622170559486205

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