ユキちゃんのキーホルダー【あかりんアイドル伝説】

まさかミケ猫

ユキちゃんのキーホルダー

――この世には不条理がたくさんあるのだと、我はよく知っている。


 その病室では、まだ小学校低学年あたりの女の子がぐったりとベッドに横たわっていた。ベッド脇の椅子に座っているのは、どうやら母親のようだ。


「ユキちゃんが言っていたアイドルのキーホルダー、どうにか手に入ったわ。これで良かったのよね」

「うん……あり……がと……」

「無理しないで、ゆっくり横になっていてね」


 ユキは潤んだ瞳で、手の中のアクリルキーホルダーをジッと見つめている。その様子に、母親も柔らかく微笑んだ。


「それにしても、ユキちゃんがアイドル好きになるのは予想外だったわね。そんなに好きなの?」

「うん……あかりんは……男の娘でね……」

「お、男の娘……?」


 男の娘アイドルあかりん。

 イケメンアイドルの公開オーディションにて最終審査まで残ったところを「なぐおぢ」に見出されるも、なぜか男の娘アイドルあかりんとしてデビューすることになった男だ。その後、デビュー早々に人気に火がついて、今まさに伝説を歩いている真っ最中である。


「いつか……元気になったら……ライブ行きたいな」

「そうね。そのためには、治療頑張らないとね」

「うん……がん……ばる……」


 そうして、ユキはギュッとキーホルダーを握った。


 よし。この状態なら


  ꕤ   ꕤ   ꕤ


 我はかつて猫であった。

 しかし生まれたばかりの頃、名前を付けられる前に幼くして捨てられてしまったのである。冬の寒空の下、全力で鳴き声をあげても、誰にも気付いてもらえない。それどころか、近くの塀には我を狙うカラスの姿まであり、絶体絶命の状況だった。


 心の中で渦を巻くのは、我を捨てた人間に対する怨嗟の感情。このまま逝けば、我はに生まれ変わるだろうという確信があった。


「あれはまさか……三毛猫?」


 そんな時に通りがかって、我を拾い上げたのが後のあかりん――当時はイケメン地下アイドル紅人あかりとして活動していた男だった。


「ずいぶん弱ってるね。ミルクとか飲むのかな」

「……ミィ」

「ひとまず、暖かい場所に連れて行ってあげるね。それと、猫に詳しい人にちゃんと話を聞かないと……こんなの、放っておけないよ」


 それが、主と我の出会いだった。

 死ぬ運命だった我は、主のおかげで穏やかな時間を手に入れることができた。主は温かな部屋と毛布を用意し、子猫用のミルクをわざわざ買ってきてくれて、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのだ。


「君は女の子だね。名前は……ミイ子にしよう」

「(うむ。名前まで頂くとはかたじけない)」

「ふふふ。気に入ってくれたみたいだね」


 主との時間は本当に幸せなものだった。

 しかし、やはり最初の雨に打たれていた時間が良くなかったのだろう。我はずっと体の調子が悪く、程なくして終わりの時を迎えることになった。


「ミイ子……ごめん。もっとちゃんとお世話できていれば……何が良くなかったんだろう……」

「(主は何も悪くないぞ。短かったが、幸せな時間だった……主のおかげで、我は人間を恨まずに逝ける)」

「ミイ子……ごめん。ごめん」


 主の温かい手の中で、我は静かに終わりを迎えた。


 そして――


 我は尻尾が二つに割れた猫の妖怪「猫又」となって主に取り憑き、主のために働く生活を始めることになったのだ。


  ꕤ   ꕤ   ꕤ


 主のアクリルキーホルダーを握っている者には、我の術がよく効く。病気を治してやったユキは、満開の笑顔を咲かせて主の握手会へとやってきた。


「あかりん、ありがとう! あかりんのキーホルダーのおかげで、あたしの病気が治りました!」

「へ? あ、うん。えっと、ユキちゃんだったね。キーホルダーにそんな効果があるのは知らなかったけど、とにかく元気になってくれて良かったよ」

「へへへ……これからもいっぱい応援してるよ!」


 うむ。これでまた、主のファンが増えたな。

 ユキの後にも、熱烈なファンが列をなして現れる。


「あかりんのアクリルキーホルダーに祈りながら宝くじを買ったら、なんかめっちゃ当たったんすよ」

「え、えぇぇ……それ、えぇぇ……」

「あかりんのアクキーのおかげで彼女ができたぜ」

「そ、そっか。それはおめでとう」

「あかりんのおかげで毎日がエブリデイだよ!」

「毎日は元々エブリデイだけどね!?!?!?」


 なんやかんや、主はファン一人一人を大切にしてくれるからこそ、根強いファンがついているのだろう。主の優しさは、我が誰よりもよく知っている。


「びょ、病気が治るとか……宝くじとか……なんかヤバい宗教みたいになってないかな……?」

「(ふむ。主の懸念ももっともだな)」

「ん? 今何か……ミイ子? なわけないか……」


 うむ。我としては全力で主のために力を尽くしたいところだが、あまり騒ぎになってもいけないからな。表沙汰にならない範囲で、これからもそれとなく主をサポートしていければと思う。


 男の娘アイドルあかりんの伝説は、まだ始まったばかりだ。

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