第14話 ノイハース
(どういうことぉー!?)
レントとマリンはひそひそと話す。
(ごめんなさい……。もう少し冷静に地図を事前に見ていればこんなことには……。おそらく私達が越えた小さな川が国境だったんだと思います。ここはノイハース王国です……)
(えっ……)
ノイハース王国。
アルディア王国の北にある国であり、100年以上前に王位継承権を主張してアルディア王国に侵略を仕掛けた国。
そして、何より。
魔族と通じていたと思われる国。
そんな国に立ち入ってしまったのだと焦りと驚きでレントの心臓は跳ねる。
(不味いんじゃ……。早く戻らないと!)
「おい、君達」
目の前の兵士に呼び掛けられ二人はびくりとする。
「避難だと言っただろう?危ないから早くこっちに来るんだ」
レントとマリンは気付いた。この兵士は自分達のことをアルディア国民ではなく、自国民だと思っていることに。
(マリン、どうしよう。素直に謝って帰ったほうがいいんじゃないかな?)
(そう、しましょうか……)
「あの、私達──」
「助けてくれ!救援を求む!ぎゃあああ!」
意を決して兵士に呼び掛けたマリンの声は別の人間の悲鳴によって書き消された。松明が大きく不規則に揺れた後、地面に落ちる様子が見て取れた。よく目を凝らすと宵闇の奥に大きな何かがいる。
「え、なに!?」
「敵襲、いや魔獣か!?行かなければ!」
兵士は悲鳴の方向へ走り去っていった。
レントはそれを見て好機だと思う。
「マリン、今のうちだよ!戻ろう!」
「レント君……」
マリンはぎゅっと杖を握り締めながら言った。
「レント君だけ戻っていてください。ただの魔獣退治ならともかく国境を越えては、あまり危険に首を突っ込まないというフェルエールさんとの契約無視になってしまう。私だけ行きます」
「何言ってるの!?」
レントは驚きで叫ぶがマリンは意思を変えなかった。
「魔法探知して分かったんですが、こちら側の魔獣はおそらく強いですよ。そして村が近い。多分出ます、犠牲者が」
「……」
マリンは意思を変えない。
レントは初めてマリンと会った日を、『エルメダ』を助けるために走り出したあの日の背中を思い出していた。
(うん、そうだよな。マリンはそういう人だ)
無茶だと思う一方でマリンの人を助けたいという意思を、あの時の自分は尊いものだと感じたのだとレントは思う。
「流れる時はどこも同じだったっけ……」
故郷ではない見知らぬ町、どころか国すら違う。しかしそんなことはマリンには関係がないのだ。
「行こう、マリン」
「レント君!?」
マリンは慌てて声を上げた。
「しかし、それではレント君を危険に──」
「マリン……叔父さんとの約束も大事だけど、俺はマリンを守るために一緒にいるんだ」
レントはマリンを真っ直ぐ見つめた。
「それに俺も犠牲者がでないほうがいいって思うしさ」
そう言って笑うレントをマリンは見つめた。そして少し涙ぐみ震える声でレントに言った。
「ありがとうございます、レント君……」
「いいって、急ごう!」
「くそっ!なんだ、こいつは!?」
剣を持った兵士達が狼狽える。
「普段の魔獣より明らかに強いぞ!ぐぁっ!」
風を切る音とともに魔獣が振り回した尾で兵士が吹き飛ばされ地面に転がった。土色の肌をした蜥蜴タイプの魔獣。本来なら手の平に乗る程度でしかないはずの生物が今は人の身長を越える魔獣と化していた。魔獣となった生物はもれなく巨大化及び人間に対し凶暴になる。
レント達と話していた兵士が他の兵士達に活をいれる。
「狼狽えるな!元は蜥蜴であるならば、尾は切れやすいはずだ!囮役と尾を切って魔獣の戦闘力を削る役に分かれるぞ!剣閃を叩き込め!」
「おう!」
兵士達はそれぞれ役に分かれた。魔獣の前に立った兵士達は目を主に狙い、その他の兵士達が尾に攻撃を叩き込もうとする。
だが、しかし。
「速い!躱される!」
「暗くて見えない……!」
「同士討ちに気を付けろ!」
日が落ち松明だけを頼りにしていたが、戦闘時に落としたりで幾つかは消えてしまった。
(せめて明かりがあれば……)
状況が好転せず兵士が歯噛みした次の瞬間、ビュンと風を切る音が聞こえた。
「しまっ……」
尾が素早く兵士に迫ってきていた。
「っ……!」
兵士は衝撃に身構える。しかし尾が当たる前に何者かに庇われるように押し倒され地面に転がる。
「君は先程の……!」
少年は叫ぶ。
「マリン、お願い!」
白い魔法使いの少女は杖を高らかに掲げる。
「“疑似太陽”!」
少女が魔法を行使した瞬間、強い光が上空に浮かび上がり周囲を照らした。まるで小さな太陽のように。
「うお!眩しい!」
「だが、これで視界の確保が出来たぞ!」
マリンが何人かの地面に倒れている兵士達に走り寄りながらレントへ呼び掛ける。
「レント君、私は先に怪我人に治癒魔法を掛けてきます。時間稼ぎをお願いします!」
「分かったよ」
レントは先程自身が庇った兵士に手を差しのべる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう」
兵士がレントの手を掴み立ち上がった。レントと兵士は並び剣を構える。マリンが数人の兵士に治癒魔法を掛ける間は魔獣の囮役をする必要がある。
レントは魔獣と距離を取りながら剣閃を放ち始めた。魔獣は再び体を大きく回転させ尾を鞭のように振り回す。レントはそれを上に飛び上がって躱し、空中で体を捻りながら体勢を整え魔獣の背中を目掛けて剣を突き立てる。だが、固くなった魔獣の皮膚はまるで岩のようでガキンと音を鳴らし剣を通さなかった。
「……っ!」
魔獣は暴れてレントを背中から振り落とす。レントは地面に滑るようにして着地した。
「大抵の魔獣はあれで倒せるんだけどな……。確かにいつもより強いというか固いかも」
兵士達がレントに言う。
「君、凄い身体能力だな!?」
「え!?ありがとうございます。魔法で強化してたりはするけど……」
レントが照れながら答えるなかマリンが戻ってきた。
「お待たせしました。兵士の皆さんにも身体強化の魔法を掛けますね」
「おお、魔法使い!これはありがたい!」
「“集団身体強化”!」
マリンが兵士全員に一気に魔法を掛ける。兵士達が出せる力は何倍にもなった。
「やっぱり弱点は感覚器官の目かな?機動力を奪うなら、ああいった地を這う四つ足タイプは手足からやった方が無難かも……。固いからそれが出来るかは話が別だけど……」
レントの言葉に兵士が言う。
「我々は足に攻撃を集中させてみよう。すまないが、君達の力を貸してほしい」
「もちろん」
「そのつもりで来ました!」
お互いに頷きあった後にあらためて魔獣に相対する。
兵士達は足に集中して攻撃、マリンが魔力弾の連射、レントが止めだ。
(さっきは、ただ刺そうとしただけでは駄目だった。ちゃんと魔力を剣に纏った状態で目に突き立てないと……!)
「攻撃の手を緩めるな!」
兵士達からの猛攻で魔獣が足の負傷で動きが鈍る。非常に固い魔獣の皮膚もマリンからの強化を受けた兵士達による一点集中を受ければ、流石に血が滲み始めたのだった。
その隙を見てレントは再び跳躍する。
しかし魔獣は本能的にかつてない危機を感じ取ったのか、尾によりレントを攻撃しようとした。
(っ……いなせるか!?)
レントが空中で体勢を変え衝撃を減らそうとした、その時──。
割って入った影があった。
「させん!」
兵士が剣から放った一閃が魔獣の尾を一刀両断に切り落とす。
「行ってくれ!」
兵士の言葉を背に受けてレントは目標を見定める。
「はあああああ!」
レントの剣は魔力を纏い白く輝いた。レントは魔獣の目に剣を突き立て剣閃を放つ。
「ギュアアア……」
魔獣は断末魔の叫びを上げ、地面に倒れ伏す。
土埃が舞い、先程まで動いていた巨体は動きを止め、辺りは一瞬の静寂に包まれた。
「はぁ、終わった……」
レントの安堵の溜め息と共に、兵士達が雄叫びをあげる。
魔獣から降りたレントにマリンが歩み寄る。
「お疲れ様でした、レント君!怪我はないですか?」
「うん!ありがとう、大丈夫だよ」
「良かったー!」
「君達」
二人に兵士が話し掛けた。
「あ、どうも。さっきは魔獣の尾を切ってくれてありがとうございました!」
「こちらこそ庇って頂きかたじけない。それよりも申しわけなかった……。避難誘導せずに放ったらかしにした挙げ句こうして魔獣討伐の手伝いもとい巻き添えにしてしまって……」
沈痛に耐えない顔をした真面目そうな兵士にマリンがにっこりと笑い掛ける。
「気にしないでください!始めに言ったではありませんか。避難誘導の手伝いに来たと」
「そ、そう、でした、ね……」
マリンに話し掛けられた兵士は何故か挙動不審になりマリンから目を剃らしている。
「……?あの、どうかされましたか?」
「あ、いやぁ。何でもないです」
マリンに問われた兵士はハタと我に帰った。
「そういえば君達は何者なんだい?魔獣相手に怯む様子もなく平然と戦っていたね?」
「私達は旅人です。私はマリン、こちらはレント君」
「どうも」
「私の故郷を目指して西へ歩みを進めています」
「そうだったのか。格好や戦い慣れている様子から村人ではないだろうとは思っていたが……」
レントはマリンにこっそり耳打ちする。
(マリン、戦い終わったし……)
(そうですね。そろそろ帰りましょう)
マリンは兵士に話し掛ける。
「一段落しましたし、私達はもう行こうと思います」
それを聞いた兵士が慌てた。
「とんでもない!避難指示が出ていると言ったじゃないか!国境沿いの村人達だけではない。この辺りを通る人間、すなわち君達のような旅人も含まれている。一旦、我々と避難してくれ!」
「マリン……」
レントが困り顔でマリンを見た。
素直に間違えたことを言うしかないだろう。
「すみません、私達……」
「実は──」
レントがアルディアからうっかり国境を越えてしまったのだと言おうとした時だった。
その声は辺りを支配するような静かな圧力で持って低く響いた。
「何者だ?そいつらは」
新たに会話に加わった声の主を見て、思わずレントはひゅっと息を飲む。
その鋭い眼光だけで人を射殺せそうな筋骨隆々の大柄な男性だった。刺々しい黒髪、通った鼻筋、琥珀色の瞳、年は四十代半ばあたりの威圧感のある男。
「この二人は旅人です」
男は空に打ち上げられた疑似太陽をみて舌打ちする。
「チッ、たかだか魔獣1頭倒すのに民間の手を借りたのか。だらしのない、鍛え直してやるから覚悟しろ」
「はっ、申し訳ございません!」
レントとマリンはダラダラと冷や汗を流す。
「貴様ら、名を名乗れ」
「レ、レントです……」
「マリン……と申します」
「ふん」
「此方におわすお方はハイエヴァー・ガロ・ノイハース様。国王陛下です」
「王様……」
(無理無理無理無理!絶対言えない!言えないよ、だって怖すぎるもん、あの王様!)
(私の本能が訴えています!余計なことを言ってはいけないと!)
そんな二人の恐慌状態は無視し、ハイエヴァーと兵士が何か会話した後に二人に話を続ける。
「貴様ら西へ行くそうだな。ちょうど我々も西に進みながら避難誘導を行う予定だ。腕は立つようだし、こちらを手伝え」
「「え」」
「報酬は払う」
「拒否権は!?」
このままではノイハース軍に同行することになってしまう、と恐怖を忘れて思わず叫んだレントをハイエヴァーは一瞥する。
「そんなものはない」
「王命だ」
途轍もなく動揺するレントとマリンを無視し、ハイエヴァーは兵士に命じる。
「ジナー」
「はっ」
「こいつらの面倒を見てやれ」
「畏まりましたっ!」
ハイエヴァーがマントを翻し去っていく。
((ええええええええええ!!!!!))
レントとマリンは心の中で絶叫する。
こうして二人のノイハース軍同行が強制的に決定されたのであった。
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