ひにゃまつり
芦原瑞祥
ひにゃまつり
男雛と女雛の間にすまし顔で鎮座するネコの写真がTwitterに流れてきて、久しぶりに雛人形を出そうと私は決意した。
もちろん、うちのネコ様に登壇いただくのが目的だ。ネコ様にお乗りいただくためにルンバを買った私に、ブレはない。
最後に雛人形を出したのは、はるか昔だ。「女はクリスマスケーキ」などという失礼な言説が巷に流れていたから、二十六歳くらいで出さなくなったんだっけか。いや、親が持ってきた見合い話に私がバチキレて大暴れしたのが原因か。雛人形には子どもが健やかに育つようにという祈りが込められているそうだから、大暴れするくらい元気に育ちきって薹が立ったことで、お雛様は役割を立派に果たしたと言えよう。
物置部屋から巨大な箱を引っ張り出して、私は座敷に雛壇を組み立て始めた。私が生まれたときに祖父母が買ってくれた七段飾りだ。当時は狭い社宅に住んでいたため、雛壇を出すと寝る場所が圧迫されてしまったのだが、それでも両親は毎年雛人形を飾ってくれたし、ちらし寿司や菱餅を用意してひなまつりを祝ってくれた。
「こんな娘に育ってごめんなさいね」とつぶやきながら、私は緋毛氈を敷いてお内裏様とお雛様を最上段に並べる。黄ばんでボロボロの説明書きを見ながら、他の人形やお道具も配置につけた。
さあ、完璧だ! ネコ様、カモーン!
しかし、うちのネコ様はビビリなのである。初めて見る雛壇が怖いのか、なかなか寄ってこない。私がいたら遠慮するかと思って席を外してみたが、障子の外から覗くだけで座敷に入ろうともしない。
「ネコ様、あれはお雛様ですよ。立派な階段ですね、のぼってみたくありませんか?」
ネコ様の背中を撫でながら、私は雛人形を眺める。両親や祖父母が、生まれてきた私の幸せと健康を願って飾り続けたであろう、分不相応なくらい豪華な人形たち。私はなんだか申し訳ない気持ちになって、次の日、菱餅や甘酒を買って雛壇の前に供えた。あと、ちゃんと親孝行しよう、結婚しない代わりに介護や祖霊祭祀を引き受けようと思った。
三月三日の夜。お雛様を片付けようと座敷に入ったら、男雛と女雛の間にネコ様が鎮座していた。私は狂喜して写真を撮り、念願のひにゃまつりスリーショットを手に入れたのだった。
あれから毎年雛人形を飾ってネコ様と写真を撮っていたが、年老いたネコ様は雛壇をのぼれなくなり、今年の二月に他界した。
とうとう雛人形を出す理由がなくなってしまったのだが、私はそれでも雛人形を出し、お供え物をした。雛壇を見上げて座り、人形たちの間を器用にすり抜けてのぼるネコ様の足取りや、男雛と女雛の間からこちらを見下ろすネコ様のドヤ顔を思い出した。
「残されるのは寂しいものですね」
女の子の幸せと健康を願って飾られる雛人形は、その子がお嫁に行ったらどうなるのだろう。お雛様だって、ずっと見守ってきた子がいなくなったら寂しいだろうな。
「私はずっとこの家にいるので、こんな奴ですが、来年もよろしくお願いしますよ」
お雛様に話しかけながら、私は甘酒を器に注いで供え、自分も飲んだ。
いつの間にか寝てしまったらしい。寒いし畳の上だから体が痛い。起きなければと思うのに体がいうことをきかない。目を開けると、雛壇の上、男雛と女雛の間にネコ様が座っている。ネコ様は、にゃあ、と一声鳴くと、ゆっくりと雛壇をおりてきた。緋色の段を白い足で音もなく。
私の腕に、ネコ様が頭をすりつける。ゴロゴロと喉を鳴らす音も聞こえる。これは夢だ。けれどもせめて今だけネコ様に触れたいのに、やっぱり体が動かない。
会いに来てくれたのかい、ありがとうね。でも、私のことは放っておいていいから、虹の橋のたもとで待ったりせずに、ちゃんといいところへ行くんだよ。
深夜に目が覚める。ネコ様はもういなかった。
「お雛様が会わせてくれたんですね」
私はお雛様に深々と礼をした。また来年お会いしましょう、と声をかけながら、薄紙で女雛の御髪やお顔を包み込む。ふと見ると、赤い着物の袖に何かついている。
つまんでみると、ネコ様のヒゲだった。
ひにゃまつり 芦原瑞祥 @zuishou
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