紡ぐ心

おじさんさん

あるアイドルの話

 とある夏祭りの会場。


 夏の日差しも夕刻になれば、心地よい気温になり、お祭りの屋台が並ぶ会場は賑やかに人が行き交い、楽しい時間が約束されていることだろう。


 迷子にでもなったのだろうか? 小さい女の子が泣いていた。

 不安で悲しい気持ちに心も泣きそうになったその時。


「今日は会場に来てくれた、みんなと楽しみたいと思います!」


 お祭り会場のステージからキラキラの衣装をまとった少女達が元気いっぱいの笑顔で歌っている。


 女の子にはその少女達が輝いている様に見えていた。


 ステージ上の少女達の笑顔は楽しくて仕方がないといった素直な笑顔だった。


 観客もその笑顔につられて笑顔になっている。

 気がついたら女の子も笑顔になっていた。


「しの! しの! ここにいたのね」


 しのと呼ばれた少女は自分の事と気づかずにステージを見ている。


「しの、探したわよ、どうしたの?」


 やっと自分の事だと気づき母親に向かってこう言った。


「おかあさん、わたしね、みんなを笑顔にするの! そう決めたの!」


      13年後


 キラキラの衣装を身につけた。しの。


 今日は2年間、活動していたアイドルの終わりの日。


 (あれは、いつの日のお祭りの出来事だったかな)


 控え室を出ていく。しの。


 満員の会場。


 ステージで、しの達が歌っている。やがて曲が終わる。


「応援ありがとうございます! 次で私がアイドルとして歌う最後の歌です!」


「しのちゃん、やめないで〜!」


 ファンとの予定調和のやりとりの後、しのは歌い切った。


「今日は私、《長月しの》の最後のステージを見に来てくれてありがとうございました!」


 腕を組み自分を納得させる様にうなずく人。

 泣きながら腕を大きく回しオタ芸をする人。

 アイドルであった瞬間をカメラで撮ろうとする人。


 その中にあのお祭りの日、アイドルのステージを見ていたしのと同じ目をしてずっとステージを見ている女の子がいた。


 ステージが終わり、ファンとの交流をしている。しの。


「しのちゃん、いよいよ今日で卒業なんだね」


「今まで応援ありがとう」


 自分の引退を悲しんで残念そうにしているのが申し訳なく思う。しの。


「路上ライブでしのちゃんを見て2年かぁ〜」


「たくさんのアイドルの中から私を見つけてくれてありがとう」


 ありがとうと感謝の言葉を繰り返す。しの。


「しのちゃんの笑顔が印象的で、僕たちもいつの間にか笑顔になって...ずっと応援したくなっただけだよ」


 あのお祭りの日の想いはどれだけの人に届いたのだろうか?


 交流の終了を知らせるブザーが鳴る。


「しのちゃん。ありがとう。しのちゃんの笑顔を見ていたいから笑ってさよならするね」


 目にいっぱいの涙を溜めながら笑ってあいさつをする。


「うん! ありがとう」


 笑顔で答える。しの。


      数年後


 路上でライブをしている。女の子のグループ。


「今日はたくさんの人に笑顔を届けられたら嬉しいです!」


 立ち止まり、懐かしそうにライブを見ている女性。


 微笑みながら見ている女性の顔がとても幸せそうだった。

 


 

 

 

 

 


 


 

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紡ぐ心 おじさんさん @femc56

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