ー2

第26話

「博士。それ、本気で言ってんですか……?」





「仕方ないわ。父様と取引する時点で、見返りを要求されることは予想できてたもの」


父親との面会の後、楓のアパートに戻って来た。

そこで詳細を聞かされた小野寺は、ずぶ濡れのまま怒鳴っていた。


「あんた、俺に嘘つけって言うんですか!?」


「そうよ!! 何を訊かれても知らぬ存ぜぬで通しなさい!!」


「……………ッ!」


いつになく強い口調で楓に押しきられ、絶句した。

そのやりとりを、葵は少し離れたところで黙って見ていた。




楓の父、厳蔵との面会は難なく実現できた。

娘の口から事情を知らされても、葵の戸籍を用意すると約束してくれた。




ただし、それは楓が父親が出した条件を呑めば了承するという話だった。




葵という新たな種族を作った以上、遅かれ早かれ誰かに嗅ぎつかれる。

同じ研究所の人間なら口を封じるは容易いと判断したのだろう。

そして、今まで奔放に生きてきた娘を言いなりにする口実を作った。




楓に課した条件は、2つ。




それを彼女は受け入れた。


研究所を辞めること。

葵と共に日本を離れること。


横暴とも思える条件だが、葵の正体を隠しきるためには必要だった。


彼を人間だと信じ込ませ、手の届かないところへ逃げる。

それには、小野寺の協力が必要だった。

全ては楓の一存で起こした騒動だと思わせるために…



小野寺は端正な顔をくしゃくしゃに歪めた。


「なにを勝手な……博士と葵だけじゃ海外でなんか生きていけませんよ。掃除も家事もできないくせに。2、3日で確実に腐海の森が発生しますよ」


「そうならないよう、頑張ってみるわ」


楓がコツンと小野寺に額を合わせる。


「小野寺……あなたは私が何をしても、怒りながら面倒見てくれたわよね。ずっと、甘えっぱなしてごめんなさい。でも、これが最後のわがままだから」


小野寺は顔を伏せた。

落とした肩を楓が強く抱きしめる。


「今まで、ありがとう。あなたのこと忘れないわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る