【KAC20251】パワフル主婦のひなまつり狂騒曲【短編】
ほづみエイサク
1か月前 前編
3月3日。
桃の節句。
ひなまつりの日。
その1か月前。
ある専業主婦である私は、押し入れの前で仁王立ちしている。
「私の口はひなまつりが好きなんだけど、腕はひなまつりが大嫌いみたいなのよねぇ」
私はひなまつりに想いを馳せながら、手に持っている袋から豆を取り出した。
今は時期的には節分の豆と思うかもしれない。
だけど、違う。
甘納豆だ。
ひなまつりと言えば、ちらし寿司。
ひなあられ。
菱餅。
甘酒。
様々なご馳走が思い浮かぶ。
その中でも私が一番好きなものこそ、この『甘納豆』なのよ。
ひなまつりのイメージは薄いかもしれない。
だけれど、 パッケージにはひな人形がプリントされている。
期間限定の特別仕様。
甘納豆は、字そのままに甘い納豆じゃない。
納豆菌で発酵させることはないし、ネバネバもしていない。
豆を甘く煮て、その上で砂糖をまぶすという甘党のためのお菓子。
「砂糖のジャリジャリと、豆のほくほく食感のコントラストがたまらないのよねぇ」
パクパクと食べていると、あっという間に一袋を食べつくしてしまった。
もう一個いこうかしら。
そう考えてテーブルの上のお菓子入れに手を伸ばそうとした瞬間、思わず動きを止めた。
あ、やばい。
ぷにっとした。
屈んだら、お腹がぷにっとした。
あ、そういえば、スーツスカート……。
前回履いた時、かなりギリギリだったのよねぇ。
留め具が「もうやめて! ギブギブ!」って……。
「……やめておきましょう」
少し遠い目をしながら顔をあげると、目に入ったのは押し入れ。
ちょうどいい運動の機会。
「さて、今年もやりますかっ! ひな壇作り!」
気合を入れて袖をまくり、押し入れを開ける。
すると、娘が赤ちゃんの時に使っていたおまるやおもちゃが大量にでてきた。
もう使わないのはわかりきっているけど、なんだか勿体なくて捨てられていない。
「あー。この機会に片付けようかしら」
しかし、そんなことをしていると時間がいくらあっても足りなくなってしまう。
なつかしいおもちゃたちを外に出していくと、巨大な段ボールが顔をみせた。
これこそが『私の腕がひな祭りを大嫌いな理由』。
7段という超巨大なひな壇だ。
「まったく、あの義両親は……!」
義両親の顔を思い浮かべながら、腕と脚に力をこめる。
「んぐぐ……! タンスよりも重い……!」
息が絶え絶えになるほどに全力を出したのに、まだ半分ぐらいしか引き出せていない。
「私の両親があんまりお金を持っていないからって……。気の遣い方がズレているのよねぇっ!」
本来なら、ひな壇は母方の祖父母――つまり、私の両親が送ってくるものだ。
それなのに、なんの相談もなく義両親が送ってきてしまった。
義両親は3代続く歯医者さん。
対して、私の両親はしがない弁当屋だ。
特別繁盛しているわけじゃないけど、値段が安くい上に愛想のいい接客が評判で、地元に愛されている。
義両親がひな壇を送ってきたと伝えた時、私の両親は本当にがっかりにしていた。
後から話を聞くと、ひな壇を贈るために貯金をしていたし、どんなひな壇にするか色々と調べている途中らしかった。
ようやく全てを引き出し終えて、改めてその大きさに呆れてしまう。
「もはや棺桶」
あまりにも大きすぎて、唖然と通り越してなんの感情も湧いてこない。
すでに腕と腰が悲鳴を上げている。
だけど、ここからが本番。
ひな壇を組み立てる作業が待っている。
「夫が手伝ってくれると助かるんだけどなぁ」
夫は組み立てを手伝ってくれるどころか、私の肩をもつことさえしてくれない。
ひな壇が突然送られてきた日、私は夫から義両親に伝えてもらうように言った。
突然贈られても困る。
こっちにも段取りというものがある。
そもそも、こんな大きなひな壇を飾るスペースはないし、誰が組み立てるというのか。
だけど、夫は「両親も悪気があってやっているわけじゃないんだから」の一点張りで、何も言ってくれなかった。
あ、思い出したら腹が立ってきた。
夫のお小遣い、減らそうかしら。
まあ、色々と思うところがあるけど、娘が楽しみにしているからひな壇は飾るんだけど。
「ちょっと疲れた」
一息ついて外をみた瞬間、驚愕した。
ドカ雪が降っている!
あ、洗濯物……。
ひな壇ばかり気にしすぎて、天気予報みてなかったなぁ。
「ガッッッッッッデム!!!!」
叫んだ後、ハッとした。
娘に見られてないわよね!?
真似されてしまうし、なにより教育上よろしくない。
でも、娘は今小学校にいる。
雪が積もっているなら、絶対に雪まみれで帰ってくるわよねぇ。
帰ってくるタイミングでお風呂を沸かしてあげないと。
って!
そんなことを考えている場合じゃない!
私は慌ててベランダから洗濯物を取り込んで、雪まみれになった服たちをこたつの中に放り込んだ。
>>>>つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます