第3話

もそもそとマドレーヌを食べていると、奏歌くんが黄色い水筒の蓋をコップにして中身を注いでくれる。


「おのどがかわいたでしょう? なつはねっちゅうしょうになるから、すいぶんほきゅうがだいじなんだよ」


 渡されたコップの中身を私は一気に飲み干していた。冷えた麦茶が喉を通って、自分がこんなにも渇いていたのだと実感する。


「美味しい……」

「かなくん! もう! すみません、瀬川さん。うちの甥っ子に付き合ってもらって」

「いいえ、ありがとう、奏歌くん」


 お礼を言えば奏歌くんは難しい顔で私に言った。


「ちゃんとごはんたべなきゃダメだよ?」


 こんな小さな子にも心配される自分が情けなかったが、私は「はい」と素直に返事をした。


「名誉挽回するから、舞台稽古見ていってよ」

「ぶたい?」

「そう、歌って踊るの」


 これくらいしか私にできることはない。

 舞台に立った私は役になり切った。通し稽古で一時間以上。汗だくになって舞台から降りて休憩時間に入ると、奏歌くんは客席の一番前で一生懸命小さな手を鳴らして拍手をしてくれていた。


「よくわからなかったけど、すごかった! かっこよかった!」


 白い頬を真っ赤に染めて言う奏歌くんに名誉挽回ができたのかとホッとする私に、篠田さんが近付いてきた。


「コンセプトとか、演じた感想とか、聞いて良いですか?」


 興奮して喜んでくれている奏歌くんとは対照的に篠田さんはどちらかと言えば反応が薄い。演劇がよく分からないと言っているけれど、彼の作るポスターや宣伝記事は劇団でも伝説と言われるくらい良いものなのでインタビューに応じる。

 話している間奏歌くんのことが気になったけれど、身体が小さいのか視界に入って来ない。

 奏歌くんはどこに行ったのだろう。

 インタビューを終えて奏歌くんの座っていた席に行って、私は小さな茶色のものを見つけた。

 それは蝙蝠こうもりの子どもだった。


「蝙蝠? なんでこんなところに?」


 奏歌くんがこっそり持って来たのだろうか。

 目を回している蝙蝠をそっとハンカチに包んで、篠田さんに挨拶して私は楽屋に持ち帰った。

 その後で奏歌くんがいなくなったと篠田さんが探しているのを、私はまだ知らなかった。

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