ひなちゃんのおまつり【KAC20251】

かきはらともえ

ひなちゃんのおまつり




 日奈ひなちゃんは『ひなまつり』を自分のためのイベントだと勘違いしている。

 幼稚園児である日奈ちゃんはまだ三歳だし、それは別におかしくないことだけど、親御さん――特におじいちゃんおばあちゃんがその方向で甘やかしているから、三歳の日奈ちゃんは本気でそう勘違いしている。

 女児のすこやかな成長と幸せを祈るための行事だから別に『間違っている』ととがめるほどのことではないにしても、わたしとしては気になるところだ。

 今年度の終わりもいよいよ見えてきて、年長さんの卒園式も目前に控えている今日この頃。

 ひなまつりは園でも行事としてお祝いするわけだが、こんなところで気を使うことになるとは思ってもいなかった。

 お母さんがお迎えに来られたときに、「もうすぐひなまつりですね」と雑談程度に話をしたら、おじいちゃんとおばあちゃんが「お祝いの日が一日増えるねえ」と軽率に盛り上げて、毎年盛大にお祝いしているということを聞いた。

 日奈ちゃん本人もそう思い込んでいるとのことだった。

 そんなことを聞いたら、気を使うじゃないか……。

 うさぎ組のひなまつりは今まで通り普通に行われるけど、何が起きるかわからない。

 うっかり日奈ちゃんが「今日は日奈のお祝いの日なんだよ」とか言ったらどうなるか……。それに周りがどんな反応をするか……。

 子供たちがすることは、大人にはわからない。

 かつて子供だった大人であるわたしには、もうわからない。

 まあ、行事であっても普通の日であっても、三歳なんてよく泣いているわけだし、わたしが気にし過ぎているだけなんだけど……。

『ひなまつりは日奈ちゃんのためのおまつりじゃないんだよ』という現実を突きつける行為をわたしにやらせないでほしい。

『サンタさんはいないんだよ』っていうみたいなものじゃないか、こんなの。

 そんなのは家族で済ませてほしい。

 そんな気持ちのまま、為す術なくひなまつりはやってきた。

 結局、気にしていたようなトラブルは何も起きず、何事もなかった。お昼の給食はちらし寿司だった。おやつは菱餅ひしもちの見た目をしたゼリーとあられが出た。みんなでお菓子を食べて、お歌を歌って、その日は終わった。

 憂鬱ゆううつになるほどに身構えていた割には、肩透かしのような一日だった。

 四時過ぎになった辺りで日奈ちゃんのお父さんから電話があって、少しお迎えが遅れるということだった。

 迎えを今か今かと待っている日奈ちゃんに伝えなくては。

 きっとおうちに帰ったら、盛大に『ひなちゃんのおまつり』が行われるのだろう。

 ……と、教室に行ったら日奈ちゃんがいなかった。

 あれ?

 一瞬焦ったが、日奈ちゃんはお手洗いの前にいた。

 お手洗いの入口の壁に、まるで身長を測るときみたいにぴったりと背中をくっつけて立っていた。

 日奈ちゃんはわたしに気づいて、にっこりと笑ったまま、身じろぎもしない。

「あっ、もしかして――」

 日奈ちゃんはお漏らしをしていた。

 日奈ちゃんはトイレに行こうとはするけど、声かけが上手くいかないとそこでお漏らしをしてしまう。

 今日は幸いながらおむつだったので、大惨事にはならずに済んだ。

 おむつの交換をしながら、わたしはなんとなく、ひなまつりの話をした。

 話をしてから『しまった』と思った。今日もそろそろ終わりだと思って気が緩んでしまっていた……。

 すると、

「ひなまつりを『日奈のお祝い日』って言ってるのおじいちゃんとおばあちゃんだけだよ」

 と、日奈ちゃんは言った。

 わたしが驚いていると、

「だって日奈はもう三歳になるんだよ、さすがに知ってるよ」

 と、誇らし気だった。

 そりゃそうか。

 ひなまつりのお歌も歌って、雛人形だって見ているんだ。

 いくら三歳でも察しはつく。わたしだってサンタがいないってことに気づいたのも、そういうなんか察してだったような気がする。

「でも、じいじとばあばは日奈がまだ信じてるって思ってるから気づかないフリをしてるの」

「どうして?」

「よろこんでるのに言えないよ、そんなの」

 と日奈ちゃんは言った。

「それに日奈は三歳でおねえさんなんだよ? 気づかないフリをするのもお姉ちゃんの『たしなみ』だよ」

 わたしはすっかり感心した。

 それは『たしなみ』という難しい言葉を使ったことではなく、そういう気配りができるというところに――である。

 子供でも、人の顔色は見ているものだ。

 それは毎日たくさんの子供と接していてわたしも感じている。

 この子たちは、人のことを実によく見ている。

 よく――観察している。

 だから、いい加減なことをしていれば、彼ら彼女らはわたしたちにいい加減にするし、ちゃんとしていれば、それに相応の対応をしてくれる。

 子供だからってばかにはできない。

 大人だった自分たちも、かつては子供で、忘れているだけで、大人のことをよく見ていたはずだ。

「へえ! 日奈ちゃんはいつの間にかすっかりお姉ちゃんになったんだね」

 もちろん、日奈ちゃんに妹や弟はいない。

 子供が背伸びして言うときの『お姉ちゃん』だ。

 ぐっしょりだったおむつもはき替えて、服装も整えて、すっきりした。

 心なしか日奈ちゃんもすっきりとした表情だ。

 まあ、たっぷり失禁したんだからそりゃそうだろうけど。

「うん、だからねー」

 日奈ちゃんは言う。

「明日はお姉ちゃんパンツをはいてくるね!」

「さっきお漏らししたばっかりでしょ」



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