あの日の歌声

鵲三笠

第1話 転校初日の朝

とある公園に桜の花びらが大量に落ちていた。


「綺麗に咲けてよかったね」


桜の木の下にいた少年『相田匠あいだたくみ』が語りかける。

しかし、返事はない。


「僕も君みたいに元気になれたらなぁ……」


匠の膝には小学校のクラスメイトから貰った色紙がある。

色紙には匠へのメッセージが書かれていた。


(学校……もっと行きたかったな……)


匠は生まれた時から虚弱体質で、その影響で学校に行けないことが多かった。

今年から比較的暮らしやすい、海外に引っ越すことになった。


(君に会えるのも今日が最後か……)


匠が別れを惜しむ。


「バイバイ。いつも僕の話を聞いてくれてありがとう」


匠が桜の木を抱きしめ、公園を去ろうとするとどこから歌声が聴こえる。


(誰が歌っているんだろう?)


匠が声がする方へ歩くと、桜の木に向かって歌う美少女が立っていた。


(綺麗……)


気がつくと匠の胸がドキドキしていた。そして無意識に近づき、声をかけていた。


「ねぇ」

「……?何?」

「歌……上手だね」

「本当⁉嬉しい!」


美少女が笑顔になる。それを見た匠の頬が赤くなる。


「じゃあ私が一番自信がある歌を聴いてほしい!」

「うん。聴かせて」


美少女が歌い始めると、その姿に匠は見惚れてしまった。


「どうだった?」

「凄く上手だね」

「やった!実は私、歌手になるのが夢なの」

「歌手?」

「うん!だから大人になったら私の歌を聴きに来てよ!」

「……申し訳ないけど僕は生まれた時から体が弱いんだ。だから大人になるまでに生きているかわからないんだ」

「そう……なんだ……」


美少女がしょんぼりとする。


「ごめんね」

「でも……生きているかわからないってことは死んでいるかもわからないんだよね?」

「そうだけど……」

「じゃあまだ生きている可能性があるじゃん。なんで諦めているように言うの?」

「僕は学校にも行けてないんだ。手術も高いし、成功率も低い……。このまま僕が死んだ方がお父さんとお母さんは……」

「ダメだよ!」


美少女の大声に匠はビクッとする。


「お父さんとお母さんは君が一番大事なんだよ?君に生きてほしいんだよ?子供が死んだ方がいいと思う親は親じゃない!」

「……!」

「私も生きてほしい!絶対歌手になるから!だから大人になったら私の歌を聴きに来て!」



目を覚ますと天井が見えた。


(夢……か……)


ベッドから起き上がり、鏡を見ると匠は泣いていることに気づいた。


(あれ?なんで泣いているんだ?)


匠は戸惑いつつ涙を拭うと、クローゼットを開いた。

そこには新しく通うことになった学校の制服がある。


「匠。朝ごはんできたわよ」

「わかった」


歯磨きをして、顔を洗い、朝ごはんを食べると靴を履いた。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

「うん」


匠は家を出た。



「では皆さんに転校生を紹介します。相田君。自己紹介して」

「相田匠です。一学期までアメリカで過ごしていました。よろしくお願いします」


クラスメイトたちが拍手する。


「相田君はあそこの席に座ってくれる?」

「わかりました」


匠は指示された席に座る。


「では今日の連絡です。放課後ですが……」


匠が転入したのは名門私立高校の『光星学園』だ。

進学、芸能、スポーツなどのあらゆる分野に対応している。匠は芸能科を志望した。


「連絡は以上です。日直」

「起立!気をつけ!礼!」


全員頭を下げると担任が出ていく。

クラスメイトは座っているか、仲が良い子と話していて匠に話しかけてくる人はいない。


(まぁそうだろうな……いきなり転校生が来てもふ~んってなるだけか)


匠が授業の用意をしていると女子生徒が話しかけてきた。


「匠君!よろしくね!」


匠は突然話しかけられたことに戸惑いつつ返事をする。


「よろしく。え~と……」

「私は浅田陽菜あさだひな!陽菜って呼んで」

「よろしく陽菜」

「わからないことがあったら私に聞いてね」

「ありがとう。じゃあまだこの学校に慣れていないから休み時間に案内してほしいんだけど……」

「いいよ!私が案内してあげるね!」


陽菜がニッコリと笑う。匠の新しい高校生活が始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る