白鳥さんの愉快な日常 出張版その2
夢水 四季
雛祭り
時は戻って、高校一年の二月末。
「もうすぐ雛祭りだな」
「そうね」
私の家で、いつも通り高村君が夕食を作りながら、こんな会話を始めた。
「お前ん家の雛人形とか見てみたいんだよな。何かすごそうで」
「雛人形、そう言えば久しく飾ってないわね」
父と母が存命だった頃は毎年祝っていた桃の節句。
小6で両親を亡くしてからは雛人形なんて飾る気分になれなかった。
中学に入って、心霊研究会で、ささやかながら雛祭りを祝ったことはある。とは言っても鷲羽真琴が持ってきた雛あられを、ちびちびと食べながら雑談をするだけなのだが。
「おいおい、雛人形があるなら飾ろうぜ。季節の行事は大事にな」
「まあ飾り始めるのは遅い気もするけれど、久しぶりに私のお雛様の顔を見てあげるのもいいかもしれないわね」
「雛人形って、いつから飾るのが良いんだ? うちの妹の雛人形は先週から飾ってあるけど」
私はスマホでササッと調べて答える。
「立春の2月4日頃から飾るのが一般的だそうよ」
「うわ、めっちゃ遅れてるじゃねえか! 早く飾らねえと!」
高村君に急き立てられ、私は雛人形が仕舞われているであろう部屋へ向かう。
「お前ん家って和室があったんだな」
私の家は洋館なのだが、日本人の父の趣味に合わせて和室があるのだ。
「うわ、刀飾ってあんじゃん、刀!」
刀に興奮するところは高村君も男の子なのよねと思う。
「これ本物?」
「ええ、本物よ。ちゃんと相続もしてあるわ」
「なら、いいのか……」
「抜刀してみる?」
「え? いいのか……?」
「ええ、どうぞ」
高村君は恐る恐る刀の鞘と柄を持って眺めている。
意を決したように鞘から刀を抜く。
「おお~、綺麗だな~」
現れた刀身に感嘆の声を上げる高村君。
「こ、この刀って、実は人斬ってたりする?」
「江戸時代の作だそうから、そんな戦場には出ていないはずだけれど。まあ、もしかしたら斬ってて、その霊がまだ成仏できてなかったりするかもしれないわね」
「ひ、ひええ……」
高村君は刀を鞘に仕舞い、飾ってあった通りに戻す。
「そんなことよりも雛人形よ」
「ああ、そうだった」
私は押入れを開け、桐箱を取り出す。
「何か箱からして高級そうな感じがするな」
「それは白鳥家の雛人形だもの。一流の職人の手によって作られたものには違いないわね」
「お内裏様とお雛様、三人官女に五人囃子までは分かるけど、この爺さん誰だ?」
「右大臣と左大臣よ」
「平安時代っぽいな」
「それはまあ、平安時代の婚礼の様子を表しているから当然でしょう」
「ご、五段目のこいつらは?」
「三人上戸よ。泣き、笑い、怒りの三つの表情で作られていて、御所の雑用をしていた者達よ」
「へえ、六段目は?」
「上級武家の婚礼道具ね。箪笥(たんす)、長持、挟箱、鏡台、針箱、火鉢、衣装袋、茶の湯道具よ」
「残りが七段目か」
「御駕籠(おかご)、重箱、御所車ね」
「ふう、これで全部飾り終えたな」
「ええ、お手伝い、ありがとう」
約四年ぶりに飾られた雛人形は壮観で、一体一体が誇り高く、私を見守ってくれているように感じられた。
「お前、雛人形に詳しいよな。普通、そんなに名前とか覚えてねえぞ」
「それはきっと父と母が、優しく語りかけてくれたことを、私がずっと覚えていたからね」
今はもう失ってしまった、かけがえのない時間。
「そっか」
高村君は、それだけ言うと黙って雛飾りを見詰めた。
二人で、暫く雛飾りに見入っていた。
「雛祭り当日さ、ここでお祝いしようぜ。雛あられ買って、俺がちらし寿司も作るからさ」
「いいわよ。楽しみにしておくわ」
こうやって、私は思い出を重ねていく。
白鳥さんの愉快な日常 出張版その2 夢水 四季 @shiki-yumemizu
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