★ 10

第1話

【last prologue】







床に倒れているその人の肩をつかみ、彼女はがくがくと揺さぶった。




「起きてよ!」



コンクリート打ちっぱなしの壁に囲まれた寒々しい四角い部屋に、可哀想なほど傷ついた彼女の声が響く。



嗚咽がとまらない。


彼女は、泣いていた。




「起きてよ……起きてよ。お願いだから………目、目をあけて。お願い……お願いだから」




彼の肩を。


もう動かない彼の肩を、それでも揺さぶり続ける黒髪の少女。




「なんで目、あけないんだよぉ」




およそ普段と似つかわしくない声。


采配をふるい、周囲から絶大な信頼と羨望を受ける白百合の生徒会長とは思えぬ声だった。



泣きじゃくる彼女の薄茶色の瞳からは、悲しみの涙だけがホロホロとこぼれ、動かぬ彼の頬に落ちていく。




部屋の大きな窓からは倉庫が見えた。



空には頼りない月が浮かび上がり、海が近いせいか潮の香りがする。




そして。



もう二度と目を覚まさないだろう彼から漂う血の匂い。





────認めたくなかった。




冷たくなっていく彼の胸に顔を押し付け、その服をすがるように強く掴む。




なのに相手からはなんの返答もない。




その声で自分の名前ももう呼んではくれない。




「なんで……」




なんでこんな事に。今日は平たく言ってしまえば北と南の───不良同士の喧嘩だった。それだけのはずだった。




死者がでるなんて、思ってもみなかった。




「     、     、ねえ、ねえってば」




彼の名を呼びながら彼の体をまた揺する。だけど先ほどと違い、揺さぶる手に力はない。




────全てを捧げても、守りたい人だった。




大好きだった。

大切だった。




自分を犠牲にしても守ってあげたいと思えた人だった。



なにがあっても救いたかった。


どんな事をしても。





「置いてかないで……」

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