ひな人形の並べかた

草加奈呼

・ひな人形の並べかた。

 ひな祭りの前日。


 小学六年生の優菜は、納戸の奥からお雛様を出すよう母に頼まれた。ひな人形は七段飾りで、優菜が生まれたとき祖母が贈ってくれたものだ。


 段ボールを開けると、桜の香りの防虫剤の匂いとともに、赤い衣をまとったお雛様が現れた。その端正な顔立ちを見た瞬間、優菜はぞっとした。


 ──目が、合った気がする。


「気のせい、気のせい」


 そう自分に言い聞かせながら、五人囃子や三人官女を並べていく。

 だが、最後の人形を置いたとき、ふと異変に気がついた。


 お内裏様の持つしゃくが、逆を向いている。


「こんな向きだったっけ?」


 優菜は首をかしげながらも、飾り付けを終えてリビングに戻った。



 夜。布団に入った優菜は、なかなか寝付けなかった。

 理由は分かっている。

 お雛様の目が脳裏に焼き付いて離れないのだ。


「……見ている?」


 まさかね、と思った瞬間、ギシッ……と床が鳴った。


 息をのむ。誰かいる?

 だが部屋のドアは閉まっている。


 コツ、コツ、コツ……


 廊下から、何かがこちらに向かってくる音がする。

 冷や汗が背中をつたう。まさか、ひな人形が……?


 布団をかぶり、目をぎゅっとつぶる。


 すると、ピタリと音がやんだ。


 なんだったんだろう……。

 優菜は、そう思いながら、再び眠りについた。



 ──朝。


 優菜はおそるおそる、和室のひな壇を見た。

 すると……


「……え?」


 お雛様とお内裏様の位置が、入れ替わっている。


 優菜は背筋を凍らせた。


「これは……何かの警告?」


 お雛様の顔を見ると、また、目が合った気がした。


 その瞬間、後ろから母の声がした。


「優菜、あんた、ひな人形の並べ方間違えてるよ。お雛様は向かって左側、お内裏様は右側よ?」


「えっ……?」


 母はあっけらかんと言いながら、人形を正しい位置に直した。


 ──そうか。


 昨日、お雛様が勝手に動いたんじゃない。

 私が最初から並べ間違えていたんだ。


 優菜は恥ずかしさと安心感で、力が抜けた。


 だが、優菜の記憶に間違いがなければ、たしかにお内裏様は左側、お雛様は右側と思ったのだ。


「あれぇ……?」


 ネットで調べてみると、文化や地域で並べ方が違うことがあるらしい。


「なぁんだ」


 と、安堵する優菜だったが。


 しかし、そうするとこの鮮明な記憶はなんなのだろう……?


 最後にちらりと見えたお雛様の顔が、ほんの少し微笑んだ気がした──。

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ひな人形の並べかた 草加奈呼 @nakonako07

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